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糖尿病と炎症の関連に注目〜日経サイエンス2010年2月号より

メタボのほかに新たな手がかりが

 

 米国には2100万人近くの2型糖尿病患者がおり,毎年新たに80万人が加わる。患者の増加を受け,糖尿病に伴う特徴を関連づけようとする試みが進んでいる。2型糖尿病患者は一般に肥満で,慢性の炎症を患い,インスリンに抵抗性がある(インスリンは血中の糖を取り込んでエネルギーとして保存するために働くホルモン)。この3つの特徴がどう関連しているのか,そもそも関連があるのか,長年の謎だ。
 だが最近の研究から,これらに密接な関係があることがわかってきた。炎症を引き起こす特定の免疫細胞と,ある遺伝子発現スイッチの働きを通じて,相互に結びついている。この関係性を理解すれば,新たな治療法につながる可能性がある。

 

炎症がもたらすインスリン抵抗性

 2型糖尿病患者は免疫応答が過剰で,体内に炎症性の化学物質が充満していることが,数十年前から知られている。そして1990年代初めにハーバード大学の研究チームが,免疫細胞から分泌される化学物質TNF-α(腫瘍壊死因子α)がこの反応に重要な役割を演じていることを突き止めた。サイトカインと総称される物質のひとつだ。同研究チームは2型糖尿病のラットの脂肪細胞ではTNF-αの濃度が高いことを発見したほか,TNF-αを作れないラットを肥満に育てても糖尿病にはならないことを示した。
 その後,TNF-α,より一般的には炎症によって,インスリンシグナル伝達経路を抑制する数種類のタンパク質の発現が活性化して増える結果,人体のインスリンに対する応答が鈍り,インスリン抵抗性を生じやすくなることがわかった。
 では,いったい何が炎症を起こしているのか? 2型糖尿病は標準体重の人にも生じうるが,ほとんどの科学者は「肥満が推進力」という見方で一致している。体重増の結果として脂肪細胞が広がると,血液から十分な酸素を得られなくなって死ぬものが出てくるとカリフォルニア大学サンディエゴ校の内分泌学者オレフスキー(Jerrold Olefsky)は説明する。この脂肪細胞の死によって,現場に免疫細胞が集まってくる。

 

インスリン抵抗性が生む炎症

 インスリン抵抗性も炎症の原因となる。ピッツバーグ大学のドン(H. Henry Dong)らはDiabetes誌電子版8月号に発表した研究で,FOXO1というタンパク質がインターロイキン1βという別の炎症性サイトカインを発現させる“マスタースイッチ”として働いていることを示した。このインターロイキン1βもインスリンシグナル伝達を妨げる。
 通常はインスリンがFOXO1を抑えていて,FOXO1を細胞核の外に出して分解を促すことで「ただちに阻害する」とドンはいう。だが,人体にインスリン抵抗性が生じて,膵臓の細胞が作り出すインスリンでは抵抗性に勝てなくなると,FOXO1の活動が高まる。
 ドンの研究結果は,炎症とインスリン抵抗性が互いにどんどん強め合うことを示している。実際,両者は一緒に現れることが多い。例えば炎症性疾患の関節リウマチになるとインスリン抵抗性が生じるリスクが高まるとドンはいう。

 

新薬の可能性

 一連の発見は新たな治療薬の開発につながる可能性がある。ドンは「FOXO1の活性を妨げる拮抗薬を作ろうとしている」という。FOXO1は筋細胞の成長を助ける作用もしているので,こうした役割を損なわない程度に活性を抑え,糖尿病だけを治す拮抗薬を目指している。
 サイトカインを放出する免疫細胞を標的とする研究者もいる。コロンビア大学とミレニアム・ファーマスーティカルズ社の研究チームは2003年,2型糖尿病患者の蓄積脂肪のなかに,病原体を丸のみする免疫細胞マクロファージを大量に発見した。オレフスキーらは後に,マクロファージができないように遺伝子操作したマウスを作り,これらのマウスは太っても「肥満が原因のインスリン抵抗性にはならない」ことを示した。
 「これによって,マクロファージによる炎症を妨げる有害性の低い方法を発見して治療に使おうという考え方が出てきた」。ただし,そうした薬によって基本的な免疫系の働きが邪魔されないよう保証することが重要だとオレフスキーは指摘する。
 残る最大の疑問はおそらく,インスリン抵抗性になる前に常に炎症が生じるかどうかだ。「どちらが先に生じるか,正直なところわかっていない」とボストンにあるブリガム・アンド・ウィメンズ病院の疫学者プラダン(Aruna Pradhan)はいう。インスリン抵抗性が先に生じ,それがFOXO1に影響して炎症が誘発されるのかもしれない。「卵が先かニワトリが先かと同様で,はっきりしない」とドンは説明する。
 さらに,炎症とインスリン抵抗性のほかにも考慮すべき要因がある。糖尿病には遺伝的要因も関係するし,栄養などの環境要因も影響する。
 2009年9月,プラダンらはJournal of the American Medical Association誌に驚きの研究を発表した。インスリン抵抗性を下げる薬には炎症抑制の効果がほとんどなかった。奇妙なことに,その薬を投与された人よりもプラセボ(偽薬)を飲んだ人のほうが,試験終了時点で炎症の徴候が少なかった。多くの要因が複雑にからんでいるらしい。
 炎症と糖尿病の関連が少しクリアになったとはいえ,新たな疑問が糖尿病という複雑な病気をいっそう複雑なものにしている。

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