News Scan

プラズマの壁を突破する〜日経サイエンス2010年2月号より

マッハ10の再突入で通信途絶を避けるには

 

 宇宙船の大気圏再突入の際に生じうる通信途絶は,宇宙時代の初期,関係者に緊張の一瞬をもたらした。事故で帰還が危ぶまれたアポロ13号の再突入の際は特にやきもきさせられた。この通信途絶現象は宇宙船だけでなく,米空軍が検討中の新型航空機や兵器システムとの通信にも影響する恐れがあるため,空軍はこれを回避する方法を模索している。
 問題は航空機の高速運動で前面の空気が加熱され,空気が電離してプラズマになり,電波を遮るために生じる。これは航空機がマッハ1の音速の壁を超えるときに生じる衝撃波に似ている。宇宙船の再突入などでマッハ約10の速度に達すると,プラズマ衝撃波面が形成される。スペースシャトルの再突入で通信途絶が生じないのは,シャトルの底面が広く,機体の後ろ側に尾を引くプラズマのなかに電離していない隙間が残るため,ここを通じて通信データを人工衛星に中継して地上に送れるからだ。しかし,より小さな機体の場合はプラズマに完全に包まれてしまう。

 

プラズマソニックの悩み

 このため米空軍はマッハ10を超える極超音速ミサイルや偵察宇宙船,有人宇宙船など新飛行システム開発計画のなかで,通信途絶の問題を重視してきた。エドワーズ飛行試験センターのジョーンズ(Charles H. Jones)は「航空機などの評価試験では,空中を飛ぶ航空機から機体の位置を伝えるテレメトリーデータが送られてきて,人々は地上で機体をモニターするというのが標準だ」と説明する。プラズマによる通信途絶は実験機との交信を断つだけでなく,実験機がコースから外れた場合に地上からの信号で自爆させることも不可能にする。
 もうひとつ,人工衛星からの航法支援信号の受信という重要な問題がある。「軍はGPS(全地球測位システム)への依存をますます強めている」と,元空軍主任科学者で現在はメリーランド大学の航空宇宙技術者であるルイス(Mark Lewis)は指摘する。ジョーンズも同意見で,通信途絶問題に関して2006年にボストンで開かれた空軍科学研究局(AFOSR)主催の会議の最終報告書のなかで,「GPS信号受信は非常に重要な機能であり,何とかして解決策を見つける必要がある。GPS信号はそもそも弱いので,最も難しい問題でもある」と述べている。
 これまでジョーンズの意見に耳を傾ける人は少なかった。ジョーンズは「マッハ10という設計はまだ一般的ではないので,多くの人にとって差し迫った問題ではない」という。しかし,彼が「プラズマソニック」と呼ぶマッハ10の高速領域が姿を現し始め,通信途絶現象が注意を引くようになった。

 

さまざまなアイデア

 2006年の会議では,多くの可能性が示された。機体を覆うプラズマ層が最小になるように機体形状を設計する,機体の前側に“エア・スパイク”という突起を設けてプラズマ層の外側に突き出す,プラズマの影響を受けないような周波数帯を見つける,非常に強力な送信機を使って力ずくで突破する,電離ガスを中性化する水などの「求電子剤」をプラズマ層に注入する──といったアイデアだ。このほか高出力レーザーを利用したり,一連の小さな中継装置を機体から放出したりといった奇抜なアイデアもあった。
 どれも理論上は実現可能だが,ルイスは「工学的に見て実際的かどうかが問題」という。例えば水を投入するアイデアは1960年代にジェミニ計画で検討されたことがあるが,実際に効果を上げるには宇宙船に多くの水を積んでいく必要があり,実用にはならない。
 だが,求電子剤を注入する方法に手を加えるとうまくいく可能性がある。高温でそれ自体が気化してプラズマを中性化するような材料を機体外面の断熱材として使うものだ。「工学的にはこれが最も明快な解決策だろう」とジョーンズはいう。一方,「極めつけの不可知論者」を自称するルイスは「探るべき道は多々あり,すべての選択肢を検討すべきだと思う」という。ジョーンズは複数の技術を組み合わせる必要があるだろうとみる。
 これまでのところ意見が一致しているのは,ジョーンズにいわせると「どの技術についても,有効性を実証できるだけの十分な実験データがまだない」ことだ。長期的課題と見なされる問題は後回しにされがちで,研究費がつきにくい。流体力学のコンピューターシミュレーションや風洞試験によって重要な手がかりが見つかる可能性はあるが,具体的解決策を実証するには,多額の費用を要する実地飛行テストが必要になるだろう。
 いずれにせよ,極々超音速(プラズマソニック)の世界に踏み込むには何とかして通信途絶を克服しなくてはならない。制御不能な機体が時速1万6000kmを超える速度で飛ぶことの危険を考えると,ジョーンズが「マッハ15の自律航空機,兵器つき,ただし交信不能──そんなもの欲しくはない」というのは冗談抜きでもっともだ。

サイト内の関連記事を読む