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ホーキングは(たぶん)正しかった〜日経サイエンス2011年2月号より

未確認のブラックホール放射が実験室で再現されたようだ

 

 1974年,ホーキング(Stephen Hawking)はブラックホールの外縁から粒子がちょろちょろ流れ出している,つまり放射が出ていると提唱した。これによってホーキングは天才科学者としての評価を確立し,刺激的ベストセラー本の出版や米国の国民的テレビアニメ『ザ・シンプソンズ』への登場なども含め,世間から大きな注目を浴びるようになった。
 だが,そうした名声のなかで,そもそもの「ホーキング放射」の理論は,少なくとも一般からはほとんど忘れられている。このかすかな放射が実際のブラックホールから観測された例はいまだかつてなく,実験室で再現されたこともない。

 

ガラスのなかに“動く事象地平”

 数年前,イタリアのある研究グループが,新たな方法でホーキングの説を検証する実験に乗り出した。ガラス片を用いてブラックホールの「事象の地平」を再現するという方法だ。
 事象の地平とは,その向こう側ではブラックホールの重力のために光さえもが脱出できなくなる境界のことで,ホーキングによると,ここで放射が生まれる。通常の物質と光がブラックホールに落ちていく傍らで,粒子のペアが出現しては消えているはずだとホーキングは考えた。量子力学によると,そうした短命な粒子対が真空からも現れる。この粒子対は,宇宙のほとんどの場所では,瞬時に消滅して真空に戻る。だが,事象地平では粒子対の片方がブラックホールにつかまり,もう片方は放射として脱出するようになるだろう。
 伊インスブリア大学のファッチョ(Daniele Faccio)らは溶融石英ガラスのなかに事象地平を作り出した。このガラスに強力なレーザーパルスを当てると,ガラス中を通過する光の速度を局所的に乱すことができる。その乱れが“動く事象地平”となり,光子はこの部分に追いつけなくなる。この事象地平に十分に近いところで光子対が生じると,2つの光子は離ればなれになって消滅できなくなるだろう。研究チームはホーキング放射に予想される特性をすべて備えた光子が,レーザーパルス100回につきおよそ1個,ガラスから外に飛び出してくるのを記録し,最近のPhysical Review Letters誌に論文を発表した。

 

起源は本当に光子対なのか

 この観測が何を意味しているのか,物理学者の見方は分かれている。スコットランドにあるセント・アンドルーズ大学のレオンハート(Ulf Leonhardt)は,これはまさしくホーキング放射の初の観測だという。他の研究者はそこまで強くは確信しておらず,例えばメリーランド大学のジェイコブソン(Theodore A. Jacobson)は,ホーキング放射の非量子力学的な類似物が流水中に生じるとする別の研究グループの最近の論文のほうが納得できるという。彼はファッチョの実験では光子が事象地平でペアとして出現したことを確認できないと指摘する。ファッチョも「実験に使った大きなガラス片のなかでは,もう一方の光子が最終的にどこに行くのか知る方法はない」という。
 だが,今回の人工的事象地平の実験スキームを2008年に提唱したレオンハートは光ファイバー中で同じ現象を調べており,光子を両方とも検出して,それらに共通する発生源を示すことができるかもしれない。ファッチョは「レオンハートがそれをやり遂げたら,すべての議論にけりがつくと思う」という。

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