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味わい深い泡の味〜日経サイエンス2011年2月号より

カプチーノからビールまで,身近な泡には数学的謎がいっぱい

 

 朝をふわふわのカプチーノで始め,夕食に濃厚なビールを楽しんだ場合,その人は一日のスタートと締めくくりを科学的に最も興味深い食物とともにしたことになる。泡(エディブル・フォーム)だ。小さな気泡が組み合わさったこの種の泡は,最近では創作料理で最も注目される“食材”になっているだけでなく,深い数学的謎も含んでいる。
 スペイン・カタロニア地方にあるレストラン「エル・ブジ」の一流シェフであるアドリア(Ferran Adri_)は,斬新で予想外の食体験ができるディナーを提供すべく,1990年代に泡を使った実験を始めた。アドリアは発泡剤として卵やクリームではなく,ゼラチンやレシチンなど従来とは異なる材料を使った。加圧亜酸化窒素を使う泡立てサイホン(スプレー缶入りホイップクリーム「レディ・ウィップ」に似ているがもっと頑丈なもの)によって,タラやフォアグラ,マッシュルーム,ジャガイモなど,さまざまな食品から軽やかな泡を作り出した。
 これが料理の世界に泡の革命を引き起こし,英国ブレイのブルーメンソール(Heston Blumenthal)やニューヨークのデュフレーヌ(Wylie Dufresne),シカゴのアシャツ(Grant Achatz)といったシェフたちが,風味のよい食品とあればみな泡にするようになった。

 

プラトーの法則

 こうした料理には神秘的な雰囲気がある。そして,それは斬新な食感のためだけではない。泡はごちゃごちゃの集合体に見えるだろうが,どの泡のなかの気泡も,ベルギーの物理学者プラトー(Joseph Plateau)が1873年に初めて見いだした3つの一般則に従って自己組織化しているらしい。
 これらの法則は述べるのは簡単だが,なぜそうなるのかの説明は非常に難しい。最初の法則は,気泡が結びつくと,どの稜線でも必ず3つの膜面が交わるということ。2つでも4つでもなく,常に3つだ。第2は,稜線で交わる膜のどの対も,安定するとちょうど120度の角度をなす。最後の3つめは,複数の稜線が1点に会するとき,稜線の数は常に4つであり,その角度は常に-1/3の逆コサイン(約109.5度)になるということ。
 1世紀たった1976年になってようやく,ラトガーズ大学の数学者テイラー(Jean Taylor)が,少なくとも気泡が2つの場合については,プラトーの法則は表面張力の作用の帰結であって,表面張力が気泡にこの最も安定した配置を取らせていることを証明した。数学者たちはいまもなお,3個以上の気泡からなる泡ではどうなっているのかを見極めようとしているほか,泡のなかの気泡がどんな形と配置になれば最小の表面積(したがって最小のエネルギー)で容器を満たせるかという未解決問題に取り組んでいる。

 

未解決問題

 この未解決問題に対して,ケルビン卿(Lord Kelvin)は1887年,6つの正方形と8つの六角形の面を持つ14面体がハチの巣状に集合したものがその答えであると唱えた。しかし1994年,アイルランドにあるトリニティ・カレッジ(ダブリン大学)の物理学者ウエア(Dennis Weaire)とフェラン(Robert Phelan)はよりよい解(ただし最適解とは限らない)を発表した。2種類のユニットからなる泡で,1つのユニットは12個の五角形でできており,もう1つのユニットは2個の六角形と10個の五角形からなる。
 泡状の食べ物のなかで,プラトーの法則に従わない気泡はすぐに破裂してしまう。小さすぎる気泡も同じ運命をたどる。表面張力の作用で気泡内の圧力が高まり,限界点を超えて気泡がはじけてしまうのだ。これは液体の泡が時とともに粗くなる一因であり,カプチーノはフレッシュなうちにすするのがよい理由でもある。

 

 

再録:別冊日経サイエンス205「食の探究」

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