あなたのがんは何歳か?〜日経サイエンス2011年3月号より
膵臓がんは致命的になるずっと前に変異が起きている
早期発見によって対処が可能だ
膵(すい)臓がんと診断された患者の5年生存率はたったの5%だ。こうまで予後が悪いのはなぜなのか長年の謎だったが,最近の研究で,膵臓がんを引き起こす変異が最初に現れてから診断に至るまで15年も経過している場合が多く,診断時にはすでにがんが広がって高度に進行しているのが一因であることがわかった。
裏返すと,膵臓がんが致命的になるまでに医師が介入できる時間は十分にあるということだ。最近の技術進歩で早期診断が可能になってきたことを考えると,手術や化学療法で膵臓がんを除去できる明るい見通しが開けてきたといえる。
変異の進化系統樹
ジョンズ・ホプキンズ大学の研究チームが,末期の膵臓がんで死亡した7人のゲノム配列を解読し,最近のNature誌に報告した。患者のがん細胞には異なるタイプの変異が含まれており,研究チームは数学的モデルを使ってそれらの変異がいつ生じたかを推定して“変異の進化系統樹”のようなものを作成した。
このモデルから,がんを引き起こす変異が初めて生じてから10年後にがん細胞が現れ,それが広がって致命的になるまでにさらに5年かかっていることがわかった。論文を共著したジョンズ・ホプキンズ大学の病理学・腫瘍学者イアコブジオ=ドナヒュー(Christine A. Iacobuzio-Donahue)は「膵臓がんは非常に悪性で成長が速いため集団検診はあまり効果がないとされてきたが,今回の発見はその通念に再考を迫っている」という。
早期発見につながる新技術
過去2年間で,膵臓がんの検診技術は実用に近づいた。2010年2月,カリフォルニア大学ロサンゼルス校の研究チームは,治療可能な膵臓がん患者60人とがんではない30人の唾液に含まれるRNAを比較し,膵臓がんを90%の確率で正しく判定できる4種類1セットのRNAを同定した。また2009年3月には,ノースウェスタン大学の研究グループが95%の感度で各種進行段階の膵臓がん細胞を検出する光学技術を開発したとDisease Maker誌に発表している。膵臓の隣にある十二指腸の細胞の変化を光の散乱を利用して検出するもので,十二指腸は小腸の一部だから,内視鏡を使って検査できる。
これらの診断技術はまだ市販レベルにはなっていないが,光学検査や血液・唾液の解析による早期発見が「今後10年でかなり進歩するだろう」と英ケンブリッジ研究所の腫瘍学者トゥベソン(David Tuveson)はみる。それまでは,CTやMRI(磁気共鳴画像装置)スキャンなどの既存技術を使い,膵臓がんの家族歴のある高リスクの人たちを検診することを考慮すべきだという。
「米最高裁判事ギンズバーグ(Ruth Bader Ginsburg)の例を思い出そう」とトゥベソンはいう。ギンズバーグは2009年1月に受けたCT検査で小さな膵臓がんが見つかったが,その1カ月後に手術できれいに切除され,全快のお墨付きを得て退院した。