群れ飛ぶ粒子〜日経サイエンス2011年3月号より
陽子衝突の結果,生成粒子が同方向に飛び出すのはなぜか?
LHCで見つかった奇妙な現象の謎解きが始まる
スイスのジュネーブ近郊にある大型ハドロン衝突型加速器LHCは昨年に本格稼働し,6カ月間の実験を行った。ヒッグス粒子はまだ発見されず,暗黒物質(ダークマター)の謎は解けておらず,時空の隠れた次元も見つかってはいないが,興味深い謎の現象が明らかになった。加速器が冬の保守休暇を終えて実験を再開する2月に,物理学者たちはこの謎に再び取り組むことになっている。
昨年夏,陽子の衝突によって生じた一部粒子の飛行経路がそろっているらしいことに物理学者たちは気づいた。粒子が鳥の群れのように飛んでいるのだ。この発見は非常に奇妙で,「以来この観測結果が事実であると自分たちに言い聞かせてきた」と,LHCのCMS実験の責任者であるトネッリ(Guido Tonelli)はいう。CMS(コンパクト・ミューオン・ソレノイド)はLHCに2つある多目的粒子検出器のひとつだ。
この効果は微妙でとらえにくいが,陽子を正面衝突させた結果110個を超える粒子が新たに放出されると,出現した粒子が同じ方向に飛んでいくようだ。LHCでの高エネルギーの陽子衝突は「陽子に新たな奥深い内部構造があることを初めて明らかにしているのかもしれない」と,グルーオンの作用に関する研究でノーベル物理学賞を受賞したマサチューセッツ工科大学のウィルチェック(Frank
Wilczek)はいう。
陽子に未知の内部構造?
つまり,素粒子はこれまで科学者が気づいていなかった相互関係を含んでいるのかもしれない。「LHCのような高エネルギーでは,これまでにない高い空間分解能と時間分解能で陽子のスナップショットを撮影していることになる」とウィルチェックは説明する。
そうした高解像度で陽子を見ると,ウィルチェックらの理論によれば,陽子はグルーオンでできた高密度の媒体となる。グルーオンは陽子と中性子のなかで働いている質量のない粒子で,陽子と中性子の成分であるクォークの振る舞いを制御している粒子だ。「この媒体中のグルーオンが相互に作用・相関していて,そうした相互関係が新たに生じた粒子に引き継がれている可能性が,ありえなくはない」とウィルチェックはいう。
LHCで研究している他の物理学者によってこの現象が確かめられたら,この宇宙で最もありふれた粒子で物理学者が十分によく理解していたと考えていた陽子についての,魅力的な新発見となるに違いない。