カメのあくび〜日経サイエンス2012年2月号より
あくびが常に伝染するとは限らない
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さて,イグ・ノーベル生理学賞について。あくびは人間などの社会的な動物,とりわけ霊長類の間で“うつる”ことが知られている。人間の場合,あくびには脳を冷やす,眠気をさます,集団行動を同調させるなど,様々な働きがあると考えられている。
あくびは無意識な共感の一形態なのだろうか? だとすると,あくびが伝染するには,その動物は仲間の気持ちを理解する共感の能力を持っている必要があることになる。人間のほかイヌや霊長類にも共感の能力があるらしいことがわかっているので,そうした動物ではあくびの伝染が共感によるものかどうかを確かめることはできない。確かめるには,社会性はあるが仲間の気持ちを感じ取れないと思われる生物種で実験する必要がある。
そこでカメの出番となった。あくびの伝染に共感が必要かどうかを確認してあくびの真の役割を明らかにしようと,英リンカーン大学のウィルキンソン(Anna Wilkinson)らは,集団生活するアカアシガメの群れを使って実験した。赤い点を見るとあくびするように1匹を訓練し,そのカメがあくびしているのを見せたときに仲間のカメにあくびが伝染するかどうかを観察した。カメを1匹だけにした場合や,訓練されたカメが赤い点を見ずあくびしていない様子を他のカメが見ている場合についても,あくびするかどうかを確認した。
結果は完全に否定的だった。カメは仲間のカメが大あくびしても何の関心も示さなかった。これは,あくびの伝染が他の誰かのあくびを見たときに引き起こされる固定的な動作パターンではないことを意味している。仮にそうだったなら,カメは仲間のあくびを見てすぐにあくびをしたはずだ。
あくびの伝染にはもっと他の何か,複雑な社会的相互作用から生じる社会的感覚や共感が必要なのだろう。もちろん,あくびの伝染を実験するにはカメが不向きなだけだったかもしれない。だが,あくびの伝染を社会性によって説明する見方は少し支持を増やしたといえそうだ。■
この記事はSCIENTIFIC AMERICANのウェブサイトにあるブログ「サイキュリアス・ブレイン」より抜粋。去る9月にマサチューセッツ州ケンブリッジで授与されたイグ・ノーベル賞に関するものだ。この賞は「人々をまず笑わせ,そして考えさせてくれる」研究に与えられる。
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