きょうの日経サイエンス

2011年3月4日

気配を楽しむ

 気晴らしに銀座に出た時,ときどき寄るのは資生堂ギャラリー。2月末で終わってしまったのですが,今村遼佑展<ひるのまをながめる>も楽しい展覧会でした。

 

 ギャラリーに入ると,まったく何の展示もされていないように見えるのですが,よくよく見ると壁際に小さなオルゴールの機械が静かに動いていたり(音は出ない),細い糸で天井から紙くずやビニールテープが吊されていたり(ぱっと見には,そうしたモノが宙に浮いているように見える。それがある瞬間にポトリと床に落ちたりする),ちょっと不思議な空間になっています。

 

 しばらく立っていると,今度は床と壁のすき間でLEDライトが点滅したり,どこからか変な物音も聞こえてきます。で,わかったのです。これは「気配」を全身で楽しむ作品なんだな,と。

 

 私の実家は古い木造で屋根はトタン張り。朝はスズメが歩く音で目覚めたし,雨が降れば屋根を打つ音で降り具合がわかったし,「やっぱり屋根があるのはいいなあ」と思ったり,静かな秋の夜,木の実が1つポトンと屋根に落ちる音を聞くと,何か芭蕉の句(古池や…)のような味わいを感じたりしました。ものすごいのはネコどうしのケンカでしょうか。風が吹けばガラス窓(サッシではありません)がガタンガタンと音がしました。「そういえば気配に満ちた豊かな家だったな」とギャラリーに立ちながら懐かしく思い出し,それでまた暖かな気分になりました。

 

 「気配」の作家といえば内藤礼さん。去年,鎌倉の神奈川県立近代美術館で個展<すべて動物は,世界の内にちょうど水の中に水があるように存在している>があって訪ねたのですが,その第一印象は,「え!何なの? これで終わり!?」といったようなもので,狐につままれたといおうか,まあ不思議なよくわからないものであったのですが,ウロウロ暗い会場の中を歩いているうちに何か気配を感じるようになって,中空に浮いている白い小さな球に気づいたりすると,内藤さんから勝負(あなたはどこまで気づけるのか?)を挑まれているようにも思えてきたのでした。

 

 現在発売中の日経サイエンス最新号のインフォメーションのページにメディアアーティストの児玉幸子さんの新作展示の紹介をしています。児玉さんは磁性流体アートでよく知られていますが,新作は磁性流体から離れたもので,やはり「気配」が表現されているのではないかな,と思いました(日本科学未来館で今月21日まで展示されています)。

 

 先日まで国立新美術館で東京の5つの美術大学合同の卒業・終了制作展があって,これにも2日間,顔を出しました。いろいろあるなかでひかれたのがやはり気配の作品。テーブルの上にいくつかモノが立っていて,何ということはないのですが,しばらく見ていると,それらのモノどもが,本当に少しずつ微妙に動いているのです。

 

 気配はセカセカしたり,イライラしたりしていては気づきません。静かな気持ちで,ある程度の時間,作品と向き合ってはじめて感じ取れるのではないかなと思います。毎日,忙しくコマネズミのように働いているのですが,そうした時間を持つのは私にとって,心のバランスを保つのに重要な役割を果たしているようです。(中島)