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動物の数学的才能は本物か~日経サイエンス2011年4月号より

人間よりも計算に優れているのか?              

 

 米国では最近,「動物は人間に比べ,ある種の数学的処理を本能的に理解する能力に長けている」とするニュースがよく報じられる。こうした話題は新聞の日曜版にはうってつけの面白い話だが,本当に動物の計算能力は人間をしのいでいるのか? ちょっと考えてみよう。

 

モンティ・ホール問題
 かの「モンティ・ホール問題」に関していうと,人間の数学的推論はハトに及ばない,ということになりかねない。この問題はテレビのゲーム番組から名づけられたもので,回答者は3つの扉から1つを選ぶ。どれか1つの裏に賞品があり,その扉を選ぶと賞品をもらえる。ゲストが扉を選んだ後,司会者は残り2つの扉のうち1つを開く。このとき必ず,賞品がないほうの扉を開けてみせる。ここでゲストは,最初の選択を捨てて残りの閉じた扉に切り替えることもできるのだが,そうすべきか? これがモンティ・ホール問題だ。

 ほとんどの人は最初の選択を変えないのだが,それは間違いだ。選択を切り替えると,賞品を当てる確率は1/3から2/3に増える(最初の選択が正しい確率は1/3で,これは変わらない)。最近の研究によると,このゲームを何度も行い,切り替えると賞品を当てる確率が2倍になることを十分に観察した後でさえ,ほとんどの人が3回に2回の割合でしか切り替えなかった。そしてハトのほうがうまくやった。数回試すと,ハトは毎回切り替えることを学習した。

 このようにハトは学習したのだが,これは計算や理解を伴っているのだろうか? 全然だ。ハトは優れた経験主義者で,観察結果に従っているだけ。これに対し人間は,分析のしすぎで混乱している。                 

 

ミツバチのNP困難
 
物の明敏さを示していると思われる別の例に,草原に咲く多くの花々を結ぶ最短ルートを割り出しているように見えるミツバチがある。ミツバチがたどる経路が最適であるとしても(そして最短経路を探し出すにはすべての可能な経路をしらみつぶしに測ってみるしかないとしても),ミツバチがこの問題を解く一般的なアルゴリズムを考え出したとはいえない。この作業はあまりに複雑で,実質的に解けない「NP困難」という問題に分類される。
 ミツバチのルートは最短経路のよい近似になっている場合が多いかもしれないが,彼らが常にそうした近似を作り出すと考えてよい根拠はないし,まして無数の花々のあらゆる配置について最適解を出すとは考えられない。
 同じような誇張は“計算するイヌ”や“測地学を知っているクモ”などの記事にも登場する(サッカー通のタコというのもあった)。残念ながら,これらはどれも科学的に興味深いものの(タコの話はともかく),理解力の事例としては必ずといっていいほど不適切だ。
 動物の生来の本能が人間のお粗末な数学的試行よりも優れていると思わせ,反知性主義に偏った報道が見受けられる。「ハトやミツバチ,イヌ,クモが考えることなく計算しているのに,人間の無味乾燥なアルゴリズムと確率,計算法,幾何学のどこがよいのか」といっているようだ。

 

 

著者:John Allen Paulos テンプル大学の数学の教授。『確率で言えば─日常に隠された数学』(青土社)などの邦訳書がある。

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