2011年2月21日
人間社会におけるボース・アインシュタイン凝縮?
「演奏をしていると指揮者とオーケストラやソリストなど音楽家どうしでしか分からない,不思議な時間が訪れます。時間概念がなくなり,忘我というか法悦というか,『あちらの世界に行く』とでもいうべき瞬間があるのです」(2010年9月10日付日本経済新聞夕刊のコラム「人間発見」に掲載された指揮者・大野和士さんの言葉)。この文章を読んで連想したのがボース・アインシュタイン凝縮(略称BEC)でした。
BECとはボース粒子というタイプの粒子(光子やナトリウムなどの原子,ある種の電子ペアなど多岐にわたります)の集団で見られる現象です。粒子どうしが衝突などしてエネルギーをやり取りしながら極低温にまで冷えていくと,すべての粒子の振る舞いがまったく同じになって,全体が1個の巨大粒子のようになります。それによって量子の世界の極微の運動が,マクロ世界の規模にまで拡大し,それを私たちはレーザー光や超伝導,超流動といった現象として観測します。
演奏が白熱し,奏者どうしがいわば音をやり取りするうちに「忘我」の境地となり,オーケストラ全体として1つの音楽が屹立してくる。その様子がBECが実現する時の様子と似ているように思えたからです。大野さんが言う「あちらの世界に行く」とはBECが実現するということになるでしょうか。共産圏の軍事パレードのニュース映像では足並みそろえて行進する兵隊さんがよく登場します。こちらもBECに似た動きのようにも見えますが,忘我のオーケストラと違って軍靴の響きは耳にしたくないものです。
最近,もう1つ興味をおぼえたのが,エジプトやアルジェリア,リビア,イエメンなどイスラム圏での反政府デモです。政府に不満を持つ各地の個人やグループがネットを介して相互に情報をやり取りするうちに,時期も場所もバラバラで散発的だった反政府の動きがいわば同期し,全国規模の大きなうねりが出現しました。
人間社会と物理学の世界は違うのはもちろんですが,「何だか似たようなところもあるなあ」と“ちょっとだけ”思ったのでした。
BECについては,別冊日経サイエンス「不思議な量子をあやつる」に収録されている「ボース・アインシュタイン凝縮の実現」という翻訳記事が詳しいです。著者はBECの業績でノーベル賞を受賞した2人の米国の研究者です。
BECを用いてスーパーコンピューターをはるかにしのぐ高速コンピューター(量子コンピューター)も最近,提唱されました。詳しくは日経サイエンス2011年3月号の巻頭記事をお読みください。この記事では,BECを使った量子コンピューターではなければ解けそうにない難問の1つとして「構成メンバーの不満を最小にするチーム分け」問題が紹介されています(専門的には「グラフ分割問題」と呼ばれるいわゆるNP完全問題の1つ,なのだそうです)。もしそうしたコンピューターが実現したら,国際紛争の解決の一助になるかもしれませんね。(中島)