きょうの日経サイエンス

2011年2月16日

『宇宙は何でできているのか』を読み終えたら

 東京大学数物連携宇宙研究機構(IPMU)の機構長を務める村山斉先生の『宇宙は何でできているのか』(幻冬舎新書)が第4回新書大賞(中央公論新社主催)を受賞しました。「こんなにわからないことがあるとわかった」(同書より)素粒子物理学の研究最前線をわかりやすく魅力的に描き出しています。湯川秀樹,朝永振一郎以来,日本は素粒子物理学の分野で数多くのノーベル賞級の業績を上げており,村山先生も将来のノーベル賞候補のお一人です。リーダーとしての資質にも恵まれていらっしゃいます。IPMUは世界の中でも最も勢いがある素粒子物理学の研究拠点ですが,それは実力ある若手研究者を各国から集めてきた先生の手腕によるところが大です。   

 

 村山先生のお名前は,今はなき戸塚洋二先生から何度かお聞きしました(スーパーカミオカンデを用いて素粒子ニュートリノが質量を持つことを明らかにした戸塚先生は,ノーベル賞の最有力候補でした。先生に授賞できなくなったことはノーベル賞にとっても残念なことだったと思います)。

 

 別冊日経サイエンス『ニュートリノで輝く宇宙』に再録した戸塚先生の追悼記事でも紹介したのですが,戸塚先生の研究グループが1998年,飛騨高山での国際会議でニュートリノの質量の存在を初めて報告した時,スタンディングオベーションが起こりました。学会発表では非常に珍しいことです。生前,戸塚先生に「どんな方がその場にいらしたのですか」とお聞きしたとき,お名前を挙げたのが村山先生でした。そのときのやり取りが記憶に残っていたので,戸塚先生の追悼記事をまとめる際,村山先生にもコメントをいただこうと思って連絡を差し上げたところ,ご快諾いただきました。その時初めて,その国際会議で村山先生が最初に立ち上がって拍手をなさったことを知ったのでした。会場には何人もの海外のノーベル賞学者もいたのですが,戸塚先生の脳裡には村山先生の姿が深く刻み込まれたのだと思いました。その時のスタンディングオベーションについて,村山先生は「世紀の大発見への素直な気持ちでした」と述べていらっしゃいます。素粒子物理学の歴史のひとこまです。

 

 『宇宙は何でできているのか』で素粒子物理学が面白いと思ったら,日経サイエンスの記事をお読みいただいてもよいかと思います。『宇宙は何でできているのか』では,村山先生ご自身の研究については,ほとんど触れられていませんが,別冊日経サイエンス『宇宙大航海』に再録した「総力戦で初期宇宙に迫る」という記事を読むと,先生の研究業績(たくさんあります)が現在の素粒子物理学の中で,どう位置づけられているのかわかります(記事をまとめるにあたって,先生にもご協力いただきました)。IPMUは設立後しばらくはプレハブの建物に間借りしていたのですが,昨年2月,非常にユニークな本拠が完成しました。その完成記念式典の際に撮影した建物の内部の写真も同じ記事に大きく掲載しています。建物上層階の内部は,大きな広場になっていて,その広場を囲むように研究室やセミナールームがあります。IPMUの主任研究員だった佐藤勝彦先生(現在は自然科学研究機構長)は「研究室からちょっと顔を出して広場を見て,議論したい研究者がいれば,すぐに行ける。とっても便利」と話していらっしゃいました。また別冊日経サイエンス『宇宙大航海』には,村山先生が中心になって進めている「すばる望遠鏡」を用いた暗黒エネルギーの観測研究の話も再録されています。先生の人となりを紹介した記事も載っています。

 

 『宇宙は何でできているのか』では,素粒子物理学の歩みについても,わかりやすく紹介されています。もっと詳しく知りたいと思われたら,別冊日経サイエンス『素粒子論の一世紀』がオススメです。例えば『宇宙は何でできているのか』153ページに出てくる「西島=ゲルマンの法則」については,この別冊に再録している記事で,今はなき西島和彦先生ご自身が,その法則を発見したときのことを生き生きと語っていらっしゃいます。また『宇宙は何でできているのか』では小林・益川理論について,その本質が直観的にわかる形で説明されています(同書の182ページあたり)。ポイントは,ある種のクォークが別種のクォークに崩壊する際の“強さ”が実数ではなく複素数で表されること。そのあたりは同じ別冊に再録しているこの記事を読めば,より深く納得できます。ただ,小林・益川理論だけでは宇宙における物質と反物質の大きな不均衡を生み出すことができません。では小林・益川理論以外にどんなメカニズムが存在するのでしょう? キーワードは「ニュートリノ」。すでに紹介した別冊日経サイエンス『ニュートリノで輝く宇宙』は一冊まるまるニュートリノのお話で,村山先生の著書の最終章で触れている大がかりな国際共同ニュートリノ実験についてもかなりのページを割いています。(中島)