きょうの日経サイエンス

2010年12月19日

Science誌の選ぶこの10年の10大成果:暗黒ゲノム

アメリカの学術論文誌Scienceが「この10年の科学の10大成果」(Insight of the Decade)を2010年12月17日号に載せています。(登録をすれば無料で全文が読めます:英語です)
10のテーマは「暗黒ゲノム」「精密な宇宙論」「古代のDNA」「火星の水」「細胞の初期化(iPS細胞)」「マイクロバイオーム」「系外惑星」「炎症」「メタマテリアル」「気候変動研究」──確かに,この10年でその分野の常識が変わったようなテーマばかりです。

 

順不同で並べてあるのだと思いますが,1つめの「暗黒ゲノム(Dark Genome)」では,この10年でゲノム観が大きく変わったことを上げています。この「暗黒」は「よくわからない」の意味(このブログの「わからないものは『暗黒』と呼ぶ」をご覧ください)。

ヒトゲノムの解読が終わるまで(2001年)まで,30億塩基対には10万個くらいの遺伝子があると思われていました。現在は2万1000個とされています。遺伝子の数が少なかったことも驚きだったのですが,もっと驚きだったのは,遺伝子以外のDNAが実はヒトゲノムの大半を占めていたということでした。

 

ご存じのように遺伝子にはタンパク質の設計図となっていて,アミノ酸の並び方を決めています。そして,タンパク質が細胞内のさまざまな働きをしているのです。遺伝子でも,実際にアミノ酸情報が記されている部分を「コーディング領域」と読んでいます。このコーディング領域がたったの1.5%しかなかったのです。

 

残りの98.5%のほとんどは機能がわかっていません。それどころか「がらくたDNA」などと呼ばれていました。最近になって,遺伝子の発現を強力に制御しているなど,いくつかのことがわかってきましたが,いまも大半は機能不明です。ただし,「がらくた」と見なす雰囲気はなくなりました。

 

ヒトゲノム計画の進行中のころ,“遺伝子至上主義”といえるような風潮がありました。遺伝子(正確にいうと,コーディング領域)がわかれば,すべてがわかるといったような感じです(もっとも,現場の研究者たちはそれほどシンプルには考えていなかったでしょうが)。
「○○至上主義」的になると何となく○○に反発を感じるひねくれ者の詫摩としては,「がらくたDNA」がいろいろやっているとわかり始めたときは,痛快な感じさえしました。2004年には3号続けて,コーディング領域ではないDNAにフォーカスした「がらくたDNAに注目せよ!」という連載企画もしました。提携誌のSCIENTIFIC AMERICANでも2回にわたり「崩れるゲノムの常識」を載せました。編集者としても作っていても, 読んでいても, 面白かったなぁ?。(詫摩)

 

暗黒ゲノムに関連した記事
崩れるゲノムの常識(上)「ジャンクに隠れていた真実」W. W. ギブス 2004年2月号
崩れるゲノムの常識(下)「DNAを操る未知の演出家」W. W. ギブス 2004年3月号
がらくたDNAに注目せよ(1)「偽遺伝子に意外な役割」広常真一 2004年8月号
がらくたDNAに注目せよ(2)「病気を起こす反復配列」石浦章一ほか 2004年9月号
がらくたDNAに注目せよ(3)「進化を演出したレトロポゾン」岡田典弘 2004年10月号
生命を支えるRNA「生物進化の陰のプログラム」J. S. マティック 2005年1月号