きょうの日経サイエンス

2010年6月9日

空飛ぶクジラへの進化

 

NHK『大科学実験』,本日の再放送は「空飛ぶクジラ」。ふんわりと空に浮かんで,にったり笑うクジラはいかにも呑気で平和そうですが,26回の中で,たぶん最もリスクを伴う実験でもありました。苦労したからだと思いますが,制作当事者たちはこの回についてはよくしゃべります。

 

今回も森美樹チーフプロデューサー(CP)と寺嶋章之ディレクターに伺いました。

 

寺嶋「僕はね,普通の丸い気球でいいと思ったんですよ。最初は」
「でも,黒くて大きいものならば,やっぱりクジラだなぁと」
寺嶋「まぁ,森さんがぽっかり浮かんだクジラがいいと言うなら,かなえてあげたいと思うじゃないですか」
「私はね,封筒型の“なまず”でいいと思ったんですよ」
寺嶋「インターネットを見ると,小さいクジラなら,高校生たちが作ったりしているんですよ。それを見ると,もっとカッコいいのを作らなきゃと思うわけですよ。やっぱりプロですから」

 

森さんが「これでもいい」と思った封筒型の“なまず”はこれ→ 
封筒型とは,2枚のシートを貼り合わせたタイプのことです。
前にも載せましたけれど,これ無しにクジラの進化は語れないので,再掲します。

 

注目していただきたいのは,寺嶋さんは最初「球」を考えていたこと。クジラを言い出したのは森さんですが,彼女の頭にあったのはシンプルな「封筒型なまず」。球を捨て去った寺嶋さんの構想では「かっこいいクジラ」。

 

やり取りしているうちにエスカレートすることって,ありますよねぇ。冷戦時代の軍拡競争体力任せの値下げ競争も似たようなものです。ただし,匠たちがこれをやり始めると,素晴らしい物が出来上がります。今回のなまずからクジラへの進化もその例でしょう。

 

クジラにするとした時点で,安全性に難色を示す声もあったそうです。風が吹いた場合,動きが予測できずに危険だからです。当然の判断です。美大出身の美術担当者に「3次元の彫刻をやったことがあるのなら,バランスの難しさはわかるでしょう」といった趣旨の発言もあったとか。

 

「これで,田染(たしぶ)くんにスイッチが入っちゃって」(森さん)。

 

田染さんは4/29と6/5に放送された特別番組ではメカ方面への強さが前面に出ていましたが,あの立体裁断のクジラをデザインしたのも田染さんを中心とするチーム。「安全面でOKが出るようなクジラ」を目指して,本気モードに。

 

匠がいったん本気モードになると,出来上がる作品は素晴らしくなるのですが,経理担当者とスケジュール担当者は気が気ではありません。どちらも現場の最終責任者は,クジラの言い出しっぺでもある,CPの森さんです。

 

「途中から,田染くんを止めるのが私たちの仕事になっちゃった」(森さん)
(この森さんの発言での「私たち」は実は寺嶋さんを指しています。ですが,「プロだからかっこいいクジラにしたい」寺嶋さんがどこまで本気で田染さんを止めようとしたのか,その点を確認しなかったのは,インタビューアー詫摩,不覚です……)

 

出来上がったクジラはやっぱり不測の動きをする危険があります。前回も書きましたが,最も危険な役をするのはCP。ということで,乗り手は森さんです。これは別の回の時に聞いたのですが
詫摩「クジラからぶら下がって,ふわりと浮いているとき,何を考えていたの?」
森「え? ちゃんと撮れよって」

 

こちらとしては,「気持ちよかった」とか,その手の返答を期待していたのですが……。
ああ,やっぱりこの人も仕事人なんだなと,思いました。

NHKエデュケーショナル『大科学実験』はこちらから