きょうの日経サイエンス

2010年5月27日

やってないのにやったと言ってしまう心理

 障害者団体のための割引郵便制度を実体のない団体が不正利用した事件に関連し,制度の利用に必要な虚偽の証明書を発行したとして罪に問われている厚生労働省の元局長,村木厚子さんの裁判で,大阪地裁は村木さんの関与を認める元部下らの供述調書の証拠採用を却下しました。元部下は裁判で「証明書は自分一人で作成した。村木さんが指示したというのは検察のでっち上げ」と主張していました。判決は9月の見通しですが,無罪判決が出される可能性が大きくなりました。

 思い出されるのは,検察側の誘導によって虚偽の自白をし,無実の罪で17年半にわたって服役した菅家利和さんの事件です。今回の件でも,元部下は取調中に,村木さんの関与を認める供述調書に署名していました。

 人はどうして,やってもいないことをやったと認めてしまうのでしょうか。法心理学者の高木光太郎さんは,日経サイエンス2009年5月号 で,「虚偽の自白は,異常な環境での正常な適応反応」という言葉を引いて,その心理状態を説明しています。外界から隔離され,言ったことをすべて否定されると,人は心理的に危機に追い込まれます。そうすると,冤罪で服役させられるといった長期的に深刻な危機よりも,その場で感じている,軽くても差し迫った危機を回避しようとするのだそうです。

 高木さんは2006年に出版した著書『証言の心理学』で,供述における菅家さんの語り口を詳細に分析しています。菅家さんは供述で,被害者の服装や犯行時に自分がどうしたかなど,取調官が想定していたことは詳細に語っているのに,その時被害者がどうしたかという取調官も知りようのないことに関する記述は具体性を欠き,極めて希薄でした。分析は菅家さんの裁判にも提出されましたが,判決は有罪でした。

 今回,大阪地裁は,検事が想定する内容になるように供述を誘導した可能性があると指摘しています。村木さんが起訴されたのは,菅家さんに検察と県警が謝罪した直後のことでした。(古田)