きょうの日経サイエンス

2010年5月21日

人工バクテリア・・?

ヒトゲノム解読を国際共同プロジェクトと争ったクレイグ・ベンターがまたやってくれました。5月21日のScience誌ONLINE版で発表しました(Science誌のサイトにある日本語の要約)

 

「マイコプラズマ・ミコイデス」という細菌のゲノムを丸ごと化学的に人工合成して,別の種類の細菌「マイコプラズマ・カプリコルム」へ移植。この細菌は,人工ゲノムのミコイデスのような外見になり,つくられるタンパク質もミコイデスのもので,ちゃんと分裂もした,というお話です。

 

ベンターは前々からこの研究を手がけていると言っていたので「ついにできたのか!」といった感じです。今回の成果のごく初期の研究は,日経サイエンス2004年9月号「改造バクテリア 注文通りの生物をつくる」 で紹介されています(うわ?,6年も前だ)。今,この記事を読み返すと,当時はてんこ盛りだった技術的な課題がクリアできたのだなぁと,よくわかります。

 

ただ,気になったのは,いくつかの報道が「人工細菌」や「人工細胞」といった見出しになっている点。Sciece誌の要約でもわざわざカッコ書きで注を入れていますが,合成に成功したのは「まるごと機能する人工ゲノムDNA」です(これだけでも,もちろん,すごい話なんですよ)。細菌が生存するのに必須の細胞膜などは,ゲノムを移植された側の細菌のものです。この点からすると,今回の手法は卵細胞の核を除去した後にそこへ別の細胞の核を移植するクローン技術に似ています。

 

以前,団まりな先生が「生命は生命から」をもじって,「膜は膜から」と説明されるのを聞き,強い印象を受けました。細胞は分裂するときに,DNAだけでなく,膜や細胞内にあるもろもろのタンパク質も“お持たせ”にした状態で2つの娘細胞に分かれます。すぐに新生活を始められるように一式そろえた状態になっているんです。もちろん,新生活が軌道に乗れば,ゲノムに書かれた情報をもとに新たに膜が作られ,メンテナンスされているはずですが,子孫細胞の細胞膜はすべて親細胞から受け継いだものです。

 

ベンターの今回の成果は,望み通りの細菌(これにはテロリストの望む細菌兵器も含まれる)を作るという話で,倫理問題が焦点のひとつになってくると思いますが,あたかも生命創造のような表現は,飛躍があるように感じます。

 

なお,この研究分野は「合成生物学」と呼ばれています。今回のような成果が出る前から,法学者などを巻き込んだ指針作りの動きが当の研究者自身の間から出ています。そのあたりの話題は2006年9月号「合成生物学を加速させるバイオファブ」 で紹介していますので,ぜひ,どうぞ。(詫摩)