きょうの日経サイエンス

2011年10月26日

【編集こぼれ話】月夜の夢

今年の仲秋の名月(9月12日)はことのほか美しかったように思います。新聞やウェブでもかなり紹介されていました。その前後の夜も晴天が続き,本当によい月見日和でした。

 

 毎月上旬は雑誌の編集作業が大詰めで週末返上になります。十四夜となった9月11日の日曜日も出社,夜遅く帰宅したのですが,バルコニーに出てみると, あまりの月の美しさと疲労のせいか,そのまま倒れるようにゴロリと横になってしまいました。自宅は小さな賃貸マンションの4階で,広いルーフバルコニーが ついています(だからその部屋を選んだのですが)。目を開けているだけで,丸い月と明るい木星が入ってきます。コンクリの床は暑すぎず寒すぎず,人肌とい うか何とも心地よく,風もさわやか。枕を取ってきて本格的にゴロ寝することにしました。

 

 「寝転がって名月を愛でるなど何年ぶりか」などと思いながら月を眺めていると,視野の端に,もう1つ,満月が輝いているのに気づきました。自宅はかなり の街中にあり,北側と東側は中高層ビルが建ち並んでいるのですが,すぐ北側の20階建てくらいのガラス張りのオフィスビルに満月が写っていたのです(日曜 の深夜なのでビルは真っ暗でした)。
 
 「2つの名月を見られるなんて,ぜいたくだなあ」と眺めていたのですが,ふと,「そうか,今,東京中のビルに月が映っているんだ」と思いが至り,それな ら東京のビル群を鏡のようにして,高い塔,例えば東京スカイツリーに月光を集めれば,それで月光発電かなにかできるのではないか,さらには昼間,太陽光を 集めれば,都心のかなりの電力を賄えるのではないかなあと考えたのでした。スカイツリーを月光塔や太陽塔にしようというアイデアです。
 
 スカイツリーを黒く塗って水などを循環させ,太陽光の熱で蒸気を作って発電したり,マグネシウム社会を考えれば,受けた光で太陽光レーザーを駆動して酸化マグネシウムをマグネシウムに変えるプラントとしても使えそうです。オフィスの窓の反射率を高め,GPSデータをもとに窓の向きを変えれば,あながち夢物語ではないような気がしてきました。

 

 満月を眺めながらさらに考えを進めました。スカイツリーはかなり遠くからでも眺めることができます(つまりスカイツリーに光を送ることができるわけで す)。しかし,もっとはるかに広い地域で見えるものがあります。富士山です。富士山のてっぺんに光を集めてはどうか? 富士山を中心に半径約100キロのビ ルなどから光を集めれば,それはもうメガソーラーなどよりはるかに桁違いの太陽光施設が一気に誕生します。

 

 「我ながらすばらしいアイデアだ」と思いつつ,さらに満月をじっと眺めていたら,もっとすばらしいアイデアが思い浮かびました。今まさに眺めている中天 の月を巨大な鏡にして太陽光を地球の一カ所に集めたらどうか。月面なら雲はかからないし,無人なので用地買収の手間もコストもいりません。太陽光発電を動 力源として,月の岩石から鏡を製造する無人プラントを月面で動かせば,長い年月の末には月全体を鏡に作り変えるのも夢ではありません。軌道上に巨大な太陽 光発電衛星を作るプランもありますが,月なら万が一にも地球に落ちてくる恐れはありません。白昼の満月は超巨大な太陽光発電システムに,新月の夜は超巨大 な天体望遠鏡になります。将来,宇宙ヨット「イカロス」などよりはるかに巨大な宇宙帆船が行き交う時代になったとき,それら宇宙帆船の帆に,月全体で集めた光を送り込めば,ものすごい加速ができ,恒星間航行も夢ではなくなります。

 

 「これは本当にすごいアイデアだ!」と思って,がばと起き上がり,携帯電話を取りに行って,いくつかのキーワードを打ち込んで検索してみると・・・・。 がっかり。似たような,しかもより洗練された太陽光利用システムを清水建設さんが提案していたのでした。太陽電池を月の赤道域にベルト状に敷き詰め,その 電力をレーザー光やマイクロ波の形で地球に送り出すLUNA RING計画です。

 

 「やはり同じような考えをする人はいるんだなあ。月夜の夢か」と思いながら,またゴロリと寝転がって月を眺めていたのでした。何か月に冷ややかに笑われ ているような気がしました。それから4日間,毎晩,深夜数時間ほど屋外で寝転がって月を眺めました。かなりの速さで動く群雲と月の組み合わせはまことによ いものでしたが,月の運行の違いからか,ビルに映る2つめの名月を見ることはかないませんでした。(中島)