
2017年,当時ジョージア大学に所属していた寄生虫の研究者で獣医師のカプラン(Ray Kaplan)のもとに,米国各地にいる仲間から,治療が困難なイヌの寄生虫感染について相談する電子メールが届き始めた。それは線虫の一種である鉤虫(こうちゅう)で,動物と人間の両方に感染するという。
カプランは家畜の研究者でペットは専門外だったが,メールに書かれていた寄生虫はどうやら薬剤耐性らしく,それなら家畜で調べたことがあった。かつてヒツジやヤギへの抗寄生虫薬の過剰投与とその売買によって,薬剤耐性寄生虫が世界中に広がってしまったことがある。イヌの間にも同様の薬剤耐性寄生虫が拡大しているとしたら大変なことだ。だが問題がどれほど深刻かは,調査を始めるまでわからなかった。
カプランらは過去数年間に報告された一連の研究から,イヌの薬剤耐性鉤虫の発生,変異,そして拡大の過程を遡った。その結果,グレーハウンドのドッグレース産業がこのスーパー寄生虫の発生に関係がある可能性が示唆された。かつて全米で娯楽として開催されていたドッグレースは現在ではほぼなくなったが,イヌ全体をリスクにさらす危険な遺産をもたらしたのかもしれない。今回の発見は人間の寄生虫感染症対策にも教訓となりそうだ。
続きは2024年1月号の誌面でどうぞ。
著者
Bradley van Paridon
ベルギーに拠点を置くカナダ出身の科学ジャーナリスト。寄生虫学でPh.D.取得。SNSのX(旧Twitter)で,アカウント@bvanparidonから発信している。
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「しのび寄るスーパー耐性菌」,M. マッケンナ,日経サイエンス2011年7月号。
「家畜工場から耐性菌」,M. W. モイヤー,日経サイエンス2017年6月号。
原題名
Dead Heat(SCIENTIFIC AMERICAN June 2023)
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鉤虫/鉤虫症/皮膚幼虫移行症/好酸球性腸炎/ドッグレース/グレーハウンド/ベンゾイミダゾール/オンコセルカ症/リンパ系フィラリア症/回虫症/顧みられない熱帯病