
19世紀初め,電気冷蔵庫ができるより100年以上も前,ボストンにいたチューダー(Frederic Tudor)という名の起業家精神あふれる男が,あるアイデアを思いついた。地元マサチューセッツ州の湖から氷の塊を切り出し,自然には氷ができない暖かなところで売ったらどうだろう。投資を持ちかけられた人たちはみな,この計画はばかばかしくて話にならないと考えた。氷を融かさずにどうやって出荷するのか,そもそもただで収穫できるものに誰がお金を払うというのか?
チューダーは最終的に氷の流通と販売に成功しただけでなく,氷の商取引によって米国人の食に対する考え方に革命を起こした。氷の利用で肉や牛乳をずっとうまく保存できるようになり,食中毒が減り,食べ残しを保存して利用するという考え方が生まれた。だが,暖かい地方の人々の氷に対する最初の需要はそうした目的によるものではなく,氷を求めたのはバーテンダーだった。チューダーは1815年にキューバに旅し,この国のカフェ文化に最初の糸口を見いだした。キューバのバリスタはエスプレッソにそれぞれの工夫を加え,クラッシュフルーツとラム酒を混ぜ合わせる独自のレシピを持っており,地元の人々が一目置く存在だった。チューダーはこれらを氷入りの飲み物に応用する方法を実証し,グラスに浮かぶ氷という当初はあやふやだった需要がたちまちバブルのように膨らんだ。5年後,チューダーはニューオーリンズのフレンチ・クォーター地区のバーテンダーに氷を売り込み,その冷えたアルコールの魅力的な味によって,現在につながる米国のカクテル文化が誕生した。
氷はカクテルを冷やすだけではない。風味や口当たり,バランスも変える。例えば1インチ角の氷とともにシェイクすると,アルコールが空気にさらされて微妙な風味が強調される。また,ウイスキーサワーなどに必要な厚い泡の層を作ることもできる。一方,細かく砕かれたクラッシュドアイスは表面積が広いのでカクテルを素早く希釈し,他の方法では甘ったるくなるジュレップなどを,さわやかで心地よい口当たりの飲み物にする。
続きは2024年1月号の誌面でどうぞ。
著者
Amy Brady
Orion誌のエグゼクティブディレクター。SCIENTIFIC AMERICANの寄稿編集者でもある。著書に「Ice: From Mixed Drinks to Skating Rinks―A Cool History of a Hot Commodity」(G. P. Putnam’s Sons,2023年)がある。
原題名
Shake, Chill, Froth, Dilute, Discard(SCIENTIFIC AMERICAN July/August 2023)