日経サイエンス  2023年11月号

大アンダマン語族 消えゆく言語が秘める世界観

A. アッビ(言語学者)

2004年12月のある朝,老人と子どもたちがベンガル湾にあるストレイト島の海岸を散歩していた時,1人がおかしな状況に気づいた。海面が普段より低くなり,通常は弱光層(海中の光がぎりぎり届く層)に暮らしている奇妙な外見の生き物たちが海面近くで跳ねていた。“Sare ukkuburuko!(海がひっくり返ってしまったぞ!)”とナオ・ジュニアは叫んだ。自分の母語を通して何千世代にもわたって伝えられてきた知恵の最後の継承者の1人として,ナオ・ジュニアはこの奇妙な現象が何を意味するかを知っていた。アンダマン諸島の他の先住民もナオ・ジュニアと同様知っていた。先住民たちはみな内陸の高台へ駆け上がった。先祖伝来の知識が壊滅的な津波から先住民たちを救ったのだ。数分後,津波はインド洋沿岸全域の海岸線に押し寄せ,22万5000人余りがこの津波にさらわれた。

私が初めてナオ・ジュニアに出会った時,彼は今なお先住民族「大アンダマン人」の言葉を使うわずか9人のうちの1人だった。言語構造を解明することに情熱を燃やす言語学者として,私は5つの異なる語族に属する80を超えるインドの言語を研究してきた。私はアンダマン諸島の先住民の声がささやきになって消えてしまう前に,その声を記録に残そうと島に滞在していた。私が耳にしたわずかな現地語は非常に不可解だったので,私は後に何度も島に戻って大アンダマン諸語の土台となる原則を突き止めようと試みた。

続き日経サイエンス2023年11月号にて

著者

Anvita Abbi

先住民言語を専門とする言語学者。2013年,インド大統領より国家最高栄典の1つ「パドマ・シュリー賞」を,また2015年には,アメリカ言語学会より消滅危機言語・語族および絶滅言語・語族の記録作成に功績のあった研究者に贈られる「ケネス・L・ヘイル賞」をそれぞれ受賞。現在,ユネスコ(国連教育科学文化機関)の世界言語地図に関する特別専門委員を務める。

関連記事
消滅する言語」,W. W. ギブス,日経サイエンス2002年11月号。
高度な言語が生まれた理由」,C. ケネリー,日経サイエンス2018年12月号。

原題名

Whispers from Deep Time(SCIENTIFIC AMERICAN June 2023)

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