
四半世紀前,一つの予想が理論物理学の世界を揺るがした。それには天啓のようなオーラがあった。「神秘的で,降って湧いたかのようだった」と,加ブリティッシュ・コロンビア大学の理論物理学者マーク・ファン・ラームスドンクは言う。ニュージャージー州にあるプリンストン高等研究所のフアン・マルダセナが提唱したそのアイデアは,我々の宇宙がホログラムである可能性を示唆する。2次元面上に記録された情報から3次元の立体像を再現するホログラムのように,我々の宇宙の4次元時空は3次元の世界を投影したものなのかもしれない。
具体的に言うと,マルダセナは,5次元の仮想的な時空「反ド・ジッター(AdS)空間」上の重力の理論が,重力を含まない4次元の場の量子論「共形場理論(CFT)」と同じ系を記述できることを示した。つまり,彼は同じ物理系を記述できる2つの異なる理論を見つけ,それらがある意味で等価であることを示したのだ。2つの理論は次元が異なるうえ,一方は重力を含むがもう一方は重力を含まないにもかかわらずだ。さらにマルダセナは,このAdS/CFT対応が,次元が1だけ異なる一対の理論,おそらく我々の宇宙のような4次元時空を記述する理論を含むペアに対しても成り立つと予想した。
マルダセナの双対性のアイデアが提唱されてから25年間,物理学者はその威力を駆使してブラックホールが情報を破壊するかどうかという問題に取り組み,インフレーション期と呼ばれる宇宙の最初期に関する理解を深め,時空が基本的なものではなく,低次元の系における量子もつれ(エンタングルメント)から生じるものなのかもしれないという驚くべき結論に達した。これらの進展はすべて,理論的に考えうる時空である反ド・ジッター空間におけるものであり,我々の宇宙を記述するド・ジッター空間に関するものではない。しかし,物理学者はいつの日にかどちらの空間にも成り立つ双対性にたどり着くことができると楽観的だ。そうなれば,アインシュタインの一般相対性理論と量子力学を統合する量子重力理論にもつながるだろう。また,我々の宇宙がホログラムであるということになる。(続く)
著者
Anil Ananthaswamy
サイエンスライター。著書に『宇宙を解く壮大な10の実験』(邦訳は河出書房新社,2010年),『私はすでに死んでいる ゆがんだ〈自己〉を生みだす脳』(邦訳は紀伊國屋書店,2018年),『二重スリット実験 量子世界の実在に、どこま
で迫れるか』(邦訳は白揚社,2021年)がある。
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「特集:時空の起源」,日経サイエンス2022 年6月号。
「事象地平をまたぐ『アイランド仮説』」,A. アルムヘイリ,日経サイエンス2022 年12月号。
原題名
The Holographic Universe Turns 25(SCIENTIFIC AMERICAN March 2023)
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AdS/CFT対応/ブラックホールの情報問題/量子もつれ/時空の創発