日経サイエンス  2023年10月号

数楽実験室 マテーマティケー 第10回

らせんを考える

図と解説:矢崎成俊(明治大学)

暑い日に熱いルイボスティーを飲むのも悪くないと思いながら,間瀬真知香(ませ・まちか)がティーカップに口をつけたとき,何戸家奈留沙(なんとか・なるさ)と弟の夏太(なつた)が,あつ〜,といいながら入ってきた。
「暑くて頭がぐるぐる回りますね。今日は平面上をぐるぐる回る“らせん”について考えましょう」と真知香はいった。

◎車のスピードと道路の曲がり具合
「お二人は,こんな道路標識を見たことありますか」
真知香は写真を見せた。

「見たことあります。標識下のRって何の長さなのですか」
夏太が尋ねた。
「Rは道路の中心線の曲がる形にちょうど合う円弧をもってきたときのその円の半径です」

半径は radius だから,Rはその頭文字で曲率半径と呼ぶ。下図は右カーブで,「右方屈曲あり (202)」と名付けられた警戒標識である。

「次の(ア)と(イ)に適切な矢印を描いてください。もちろん,実際にはこんな標識はありません」
真知香は二人にクイズを出した。

「とはいえ,半径が無限大とか0とか,いきなりわけがわからないでしょうから,実際の道路設計について少し説明しますね」
真知香は,道路標識の技術的基準を定めている政令の道路構造令を示した。その第15条(曲線半径=曲率半径と同じ)には,「車道の屈曲部のうち緩和区間を除いた部分の中心線の曲線半径は,当該道路の設計速度に応じ,次の表の曲線半径の欄に掲げる値以上とするものとする」とある。

「ということは,時速60kmでさっきの写真のR=130mのカーブを曲がるのはちょっと危ないということですね」
奈留沙は設計速度について即座に理解した。
「その通りです。半径Rが大きいと道路は緩やかに曲がっていて,Rが小さいと急カーブということになります。この流れで考えると,R=∞m とか,R=0mとかは,究極の値に相当します」と真知香が答えた。
「R=∞mは,半径無限大だから,曲がっていない真っ直ぐな道路ですよね。でも,R=0mはピンときません」
夏太がいった。
「特に正解があるわけではないですが,次のような矢印はいかがでしょう」と真知香は二人にサンプル図を見せた。

「高速道路の本線からインター出口の側道に入ったとき,最初のカーブはR=100mで『右方屈曲あり』の警戒標識で,続く次のカーブはR=60mで『右方屈折あり』の警戒標識になっている場面に遭遇しました。本来は上の図のように屈折はR=0mのときなので,理論上はおかしいです。しかし,R=60mのときの設計速度は時速40kmです。もし,最初のR=100mのカーブで設計速度の時速50kmまで落とさずに,高速道路の延長の気分で時速80kmのまま進んできたらどうなるでしょう。そのままR=60mの右カーブに突入したら,右方屈折,つまり右折といってよいほどの急カーブを経験することになります。非常に危険ですね。その意味から,警戒標識としては『右方屈折あり』としてよいのだと納得しました」
真知香の実際の体験である。

◎クロソイド曲線
上述したように,Rは半径,詳しくは曲率半径であった。曲率とは曲がり具合のことで,Rの逆数で定義される。設計速度が時速50kmのカーブの曲率半径はR=100mだから,曲率はその逆数の1/R=0.01 [1/m] である。曲率半径∞mの場合,つまり直線道路の曲率は0である。一方,曲率半径0mの場合,つまり屈折の場合の曲率は定義しない。
「いま,曲率0の直線道路と半径Rの円弧の道路,つまり曲率1/Rの道路を接続する道路を設計することを考えます。どのような道路を接続するのが安全でしょうか」

続きは日経サイエンス2023年10月特大号の誌面で

間瀬 真知香(ませ・まちか)フリーの実験数楽者
何戸家 奈留沙(なんとか・なるさ)高校2年生
何戸家 夏太(なんとか・なつた)高校1 年生。奈留沙の弟