
雄マウスの細胞から卵子を分化させるのに成功
雄どうしから子マウスも誕生させ世界を驚かせる
“卵子の老化”や遺伝子変異の仕組みも研究の視野に
2023年3月にロンドンで開催された第3回「ヒトへのゲノム編集に関する国際サミット」。ここで講演に臨んだ大阪大学教授・林克彦はNature誌に受理されたばかりの最新の研究成果を発表した。雄マウスの細胞からiPS細胞(人工多能性幹細胞)を作り,それを卵子に分化させたという内容だ。その雄マウス由来の卵子から,成功率は低いながらも子マウスも誕生させた。反響は大きく,聴衆からの質問が相次ぎ,講演後はメディアに取り囲まれた。3日間にわたったこの会議で最も注目を集めた研究成果となった。
(文中敬称略)
林の講演のわずか数時間後,英BBCはWebサイトに林の研究成果を紹介する長文の記事を掲載。米国の複数の科学・医療系ニュースサイトも次々に取り上げた。メディアが騒いだのも無理はない。林の研究成果を単純に人間に当てはめれば「男性どうしのカップルが双方に血縁関係のある子を持つ」可能性が見えてくるためだ。ほとんどのメディアはそんな観点から林の研究を紹介した。
林自身はといえば,男性カップルのそんな願いをかなえたいと考えていたわけではない。講演でも研究成果を男性に適用する話はしなかった。むしろ「個人的には自然には起りえないことをしてもいいのかという思いがある」という。林の関心はあくまで「生命をつなぐ細胞」である卵子の謎に迫ること。その一心で積み重ねてきた長年の研究が今回の成果にもつながった。
続きは日経サイエンス2023年10月特大号にて
林克彦(はやし・かつひこ)
大阪大学大学院医学系研究科教授。1972年兵庫県生まれ。1994年明治大学農学部農学科を卒業,1996年に同大学大学院で修士課程修了,東京理科大学生命科学研究所・助手。2002年大阪府立母子保健総合医療センター研究所・常勤研究員。2004年東京理科大学より博士号(理学)を取得。2005年英ケンブリッジ大学ガードン研究所研究員。帰国後は,京都大学,九州大学を経て2022年より現職。