
2022年6月25日,チャベス(Esteban Chavez, Jr)はいつも通り貨物運送会社UPSのドライバーとしてカリフォルニア州パサデナの担当地域で配達を始めた。だがパサデナは極度の熱波のさなかで,午後の中ごろまでに気温は32℃を超えた。その日の最後の配送を終えた後,彼はトラックの運転席から崩れ落ちた。20分後に近くの人が気づいて救急通報した。チャベスの家族によれば,彼は熱疲憊(ひはい)の末に熱中症で死んだ。24歳だった。
チャベスは猛暑で倒れる人には見えなかったが,こうした不幸な死がますます日常化している。米国の暑熱関連疾患の患者と死者の数は,1980年代から増え続けている。地球温暖化の直接の結果だ。米環境保護局(EPA)によれば,米国で毎年約1300人が猛暑で死亡しており,この数字は気候変動の影響が加速するとともに今後もほぼ確実に増加する。もちろん米国に限った話ではない。Lancet誌が2021年に公表した調査研究によると,2019年に9カ国で35万6000人が猛暑関連の疾患で死亡した。バーモント州の人口のおよそ半数だ(徳島県の人口の半分,和歌山市の総人口に匹敵)。
極端な高温にさらされると,脳などの中枢神経系と生命維持に重要な他の臓器がダメージを受け,その影響が恐ろしいほどの速さで表れて,熱疲憊や熱性けいれん,熱中症に至る。また高血圧や心臓病などの持病が悪化し,慢性疾患を抱えている人は特に危険だ。高齢者はリスクが高く,また極端な条件下で体温を大人ほど効果的に調整できない子供も暑さに弱い。だが,すべての人が危険にさらされる。屋外労働者は年齢によらず猛暑の悪影響を最も受けやすいことが各種の調査研究で示されている。
猛暑は米国における天候関連の死因のトップであり,猛暑による死者数はハリケーンと洪水,竜巻による死者数の合計をほとんどの年で上回っている。だが,高潮や山火事などの劇的な事象に対する心構えと比べると,人々は猛暑の脅威にどう対処すべきかが不確かで,自分自身のリスクとして受け止めていないことが研究から示されている。実際の危険と自分の身を守るための行動とのこの不一致は,個人の感じ方にとどまらず,政策レベルに及んでいる。気候変動の緩和・適応計画で高温の健康リスクが重視されることは少なく,そもそも考慮されていない例もある。
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著者
Terri Adams-Fuller
ハワード大学の社会学・犯罪学科教授。同大学が米海洋大気庁(NOAA)と運営している大気科学・気象学NOAA共同科学センター(NCASM)の暫定所長。危機管理や警備, ジェンダーのほか,災害が人々と組織にどう影響するかに関心を持って研究している。
原題名
Dangerous Discomfort(SCIENTIFIC AMERICAN July/August 2023)
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