日経サイエンス  2023年9月号

追跡続く新型コロナの起源

T. ルイス(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の起源を探る研究は今も継続中だ。今年に入って中国疾病対策センター(中国CDC)の研究者らが華南海鮮卸売市場で採取された試料の遺伝子解析結果を公開し,COVID-19の起源探索は新たな展開を迎えている。

この解析結果は,流行初期の2020年1月〜3月にかけて市場内の床や壁,台車,冷凍庫,下水などから採取された試料について,中に含まれる人間および動物由来のDNAと新型コロナウイルス(SARS-CoV-2)のRNAを調べたものだ。非営利の微生物研究機関であるカルティバリウムの計算生物学者,クリッツ=クリストフ(Alex Crits-Christoph)率いる国際研究チームは,中国CDCが公表した生の遺伝子解析データをさらに詳しく分析。市場内でタヌキなどの野生動物とSARS-CoV-2の痕跡が重なり合っていることを2023年3月に報告した。

クリッツ=クリストフらの発見は,市場で取引されていたタヌキがSARS-CoV-2の中間宿主だった可能性を示唆するものだ。しかし,まだそれが確定したわけではない。今回の遺伝子解析結果はタヌキが人間に新型コロナウイルスを感染させた証拠にはならないためだ。試料が採取されたのが2020年1月以降という点も,結果の理解をややこしくさせている。感染者は2019年のうちから報告されており,この遺伝子解析結果は時間的にこのパンデミックの起点を捉えられていない。

ただ,こうした調査結果はパンデミックの始まりから3年の時を経て新たに明らかになったものだ。決定打とはいかずとも,COVID-19の起源に迫るための手がかりは少しずつ増えてきている。このテーマについて今社会に求められるのは,特定の見方に拘泥せず,慎重を期した議論を行うことだ。

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原題名

Clues, Controversies and COVID Origins(SCIENTIFIC AMERICAN July/August 2023)

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