日経サイエンス  2023年9月号

特集:海のミステリー

巨大クジラの小さなごちそう探し

K. ウォン(SCIENTIFIC AMERICAN編集部)

ザトウクジラは毎年決まった時期になると餌を求めて地球最果ての海を目指す。そこでの使命は,食欲が満たされるまでひたすら食べ続けることだ。高緯度にある餌場の海から繁殖のための熱帯・亜熱帯の海へと旅するために,1週間に1トン近くのペースで脂肪をつけ,エネルギーを蓄えておかなければならない。その旅は数カ月もかかり何千キロにも及ぶこともある。そして目的の海に到着したときには繁殖の準備が整っていなければならないのだ。

ザトウクジラがどうやって餌を食べるのかについては,多くのことがわかっている。上あごに「鯨ひげ」と呼ばれる,使い古した歯ブラシの毛のような形状をしたケラチン質の板状のものが並んでいて,それを使って海水から餌を濾し取るのだ。彼らは毎日,数千kgの小さな獲物を貪り食べている。その量のごちそうにありつくには,餌となる小型甲殻類が密集しているところを探さなければならない。

しかし,科学者たちはこのカリスマ的存在の巨大海獣についていろいろ学んできたにもかかわらず,ヒゲクジラの仲間(ザトウクジラ,シロナガスクジラ,ナガスクジラ,イワシクジラなど)がそもそもどうやって餌を見つけているのかはわかっていない。ヒゲクジラの近縁のマッコウクジラ,シロイルカ,イルカなどのハクジラ類は,超音波ソナー信号で獲物を探知するが,ヒゲクジラにはその能力がない。それでもヒゲクジラは,無限に広がる海の中で小さな獲物を見つけることができている。

科学者たちはこの謎を解き明かそうと躍起になっている。注目を集める海獣の基礎的な知見に大きな空白が残っているのを埋める必要があるからだが,もっと緊急の理由もある。ヒゲクジラ,特にタイセイヨウセミクジラがどのように餌を探すのかは,種を保護する上で重要な意味を持つ。

続きは日経サイエンス2023年9月号にて

関連記事
クジラが育む深海の奇妙な生物」,C. T. S. リトル,日経サイエンス2010年5月号

サイト内の関連記事を読む

キーワードをGoogleで検索する

ヒゲクジラ硫化ジメチルDMSキーストーン種南極海