
1983年,アイルランドで人工妊娠中絶の禁止が憲法修正第8条に明記された。これは1世紀以上にわたって社会通念化していたものだった。しかしこの問題についての世論は今世紀に入って動いており,2016年ともなると実質的な議論が避けられないのは明らかだった。ただ,有権者の支持を失うリスクから,比較的革新派の政治家も長い間この論争からは距離を置いていた。この膠着状態を打開できるだけの信頼と説得力を持っているのは誰だろうか?
答えは大勢の普通の人々だった。いたって真面目な話だ。アイルランド議会は,無作為に選んだ99人からなる市民会議を開催した。国民の代表となる参加者の選出方法は,年齢,性別,地域などの特性においてアイルランドの人口構成を代表することを保証するものだった。
この特質を政治理論学者は「叙述的代表性」と呼ぶ。例えば,典型的な市民会議はほぼ同数の男性と女性が参加するが,2021年に世界の国政議会の議席を占める女性の割合は平均26%だった。これは1997年の12%からは著しい上昇だが,男女間の均衡にはほど遠い。叙述的代表性によって市民会議には正当性が与えられる。市民は,自分と同じような人たちの意思決定をより受け入れやすく感じるようだ。
叙述的代表性がいくら魅力的といっても,無作為選択の原則に忠実に従ってそれを実現するには現実的な障害がある。そうした障害を乗り越えるのが,ここ数年,私が情熱を傾けていることだ。私は共同研究者とともに,数学とコンピューター科学のツールを使って,市民会議のための参加者選出アルゴリズムを開発した。
続きは2023年8月号の誌面で。
著者
Ariel Procaccia
ハーバード大学コンピューター科学科のゴードン・マッケイ記念教授。アルゴリズムと人工知能の専門家で,社会的に重要な問題に深い関心を持っている。
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「ゲリマンダーを幾何学で見破る」,M. デューチン,日経サイエンス2019年6月号
原題名
A More Perfect Algorithm(SCIENTIFIC AMERICAN November 2022)