
米国立点火施設(NIF)の科学者たちは昨年12月,太陽で起こっているのと同様の核融合反応に基づくエネルギー源を作り出すという数十年来の取り組みでブレークスルーを達成したと発表した。「信じ難い技術的驚異」と自賛し,新聞各紙はこれを一斉に大きく報じた。Washington Post紙は「まさに記念すべきこと」と評した。テレビ解説者は核融合の未来について,クリーンエネルギーと世界の貧困の問題を解決し,世界平和をもたらすだろうとまで述べた。
検分してみると,今回の前進はこれらの報道が示すほどセンセーショナルなものではない。研究者が達成したのは,核融合反応を起こすのに要したのを上回るエネルギーを生み出す「点火」という条件だ。だが,その規模は実際の発電に必要とされるものには程遠く,ましてやクリーンエネルギー新時代の先触れとはいえない。核融合反応を起こすのに要したエネルギーとして報告されたものは,装置の建造・運転にかかったエネルギーを含んでいないし,反応の持続時間はわずか数秒だった。そして皮肉なことに,予想以上のエネルギーが生じたため一部の計測装置が損傷を受け,点火が達成されたかどうかの判断に困難を来した。
この成果をFinancial Times紙が述べたように「無限のゼロ炭素電力」達成へのブレークスルーと呼ぶのは,火の発見を電力への一里塚だと主張するようなものだ。こうした誇大宣伝は,科学界が一般市民の信頼を得てそれを維持する助けにはならない。また,気候危機に対する現実的な解決策の開発から投資をそらす危険がある。
続きは日経サイエンス2023年8月号の誌面で。
著者
Naomi Oreskes
ハーバード大学の科学史の教授。著書・共著書に「Why Trust Science?」(プリンストン大学出版局, 2019年)や「The Big Myth」(ブルームズベリー,2023年)など。
原題名
Fusion’s False Promise(SCIENTIFIC AMERICAN June 2023)