日経サイエンス  2023年8月号

特集:核融合の現在地

「地上の太陽」はいつ昇る? 小さな一歩と大きな課題

P. ボール(サイエンスライター)

昨年12月,核融合に取り組んでいる物理学者たちがブレークスルー達成を宣言した。カリフォルニア州にある米国立点火施設(NIF)のチームが,制御核融合において反応を起こすために投入された以上のエネルギーを取り出したと発表したのだ。これは世界初であり,物理学にとって重要な一歩だ。だが,核融合をエネルギー源として実用化するには程遠い。注目を集めたこの発表が生んだ人々の反応は,核融合研究に対するお決まりのパターンとなった。この技術の熱心な支持者たちは喝采し,懐疑的な人々は相手にしなかった。懐疑派は,これまでも科学者はあと20年(ここには30年や50年など適当な数が入る)で核融合発電が実現すると請け合い続けてきたと訴える。

こうした強烈な反応は,核融合への高い期待を反映している。化石燃料燃焼から生じた気候危機を軽減できるクリーンで豊富なエネルギー源がますます切望されている。軽い原子核を融合させる核融合による発電は,二酸化炭素排出がゼロに近いエネルギー源になる可能性があり,現在の原子炉(非常に重い元素の核分裂を用いる)に伴う危険な放射性廃棄物は生じない。核融合発電の研究は1950年代に始まったが,実用化にはいまだに手が届いていない。核融合はいずれ人類の旺盛なエネルギー需要をまかなう重要な電力源になるのだろうか? そうなるとして,その実用化は地球をメルトダウンから救うのに間に合うのだろうか?

後者の疑問には,この分野の疑問としては珍しく,明確な答えがある。核融合による大規模発電が2050年ころまでに可能になるとは考えにくいというのが,多くの専門家の一致した見方だ(慎重な専門家はさらに10年先でも難しいとみる)。炭素排出削減について2050年までに何をするか(またはしないか)によって今世紀を通じた気温上昇がほぼ決まると考えられるのだから,核融合は救世主にはなりえない。

「確かに核融合は10年前と比べ,未来のエネルギー源としての妥当性がはるかに高まったと思う」とNIFがある米国立ローレンス・リバモア研究所のプログラムリーダーのハリケーン(Omar Hurricane)はいう。「だが今後10年や20年で実現しそうにはないので,別の策が必要だ」。 

続き2023年8月号の誌面で。

著者

Philip Ball

ロンドンを拠点に活動するサイエンスライター。新たな著書「How Life Works」(シカゴ大学出版局)が2023年秋に刊行される予定。

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現場ルポ 姿現し始めた核融合実験炉ITER」,C. モスコウィッツ,日経サイエンス2021年2月号。

原題名

Star Power(SCIENTIFIC AMERICAN June 2023)

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