
プレーリーハタネズミは米国中西部に生息する小型の齧歯(げっし)類で,パートナーと共に同じ巣にすみ続けるという,哺乳類には珍しい特質を持つ。交尾したペアは絆を築き,巣を共有し,共に子育てをする。実験室では,絆を築いた個体がパートナーに働きかけるさまが見られる。しかも,パートナーがストレスを受けているときは自分もストレスを感じ,相手に触れることで慰め合うなど,共感のようなものまで示すのだ。新型コロナのパンデミックが浮き彫りにしたように,こうした社会的なつながりは私たち人間の幸せにとっても欠かせない。人間関係が健康に多大な影響を与えていることを理解するため,珍しい特質を持つこの齧歯類の研究が進められている。
科学者たちはこの数十年間で進歩した生物医学を活用して,活動しているニューロンを観察したり,遺伝子の働きをきわめて正確に操作して脳の特定領域における個々の遺伝子の機能を調べたりしてきた。プレーリーハタネズミを対象とした研究では,絆がいかにして築かれ,幼少期に他者との関係がどのように形成され,絆の崩壊がなぜつらいのかを解明しようとする取り組みがなされている。
当然ながら,プレーリーハタネズミはヒトではないため,ここに疑問が生じる。テニスボールよりやや小さく,モグラやマウスやラットとよく間違えられるこの毛むくじゃらの齧歯類が,愛のスリルや喪失の危機を研究するにあたり,なぜ人間の代役を務めることになったのか? その答えから見えてくるのは,科学の進歩と,私たち自身の心だ。
続きは販売中の2023年7月号にて。
著者
Steven Phelps / Zoe Donaldson / Dev Manoli
フェルプスはテキサス大学オースティン校の脳・行動・進化研究所所長。脳と遺伝子,環境がどのように相互作用して複雑な行動を生み出すのかを解明すべく,珍しい社会行動を取る齧歯類を研究している。ドナルドソンはコロラド大学ボルダー校の行動神経学者。遺伝子治療ベクターと最先端の神経技術を駆使し,生物種がつがいの絆を結ぶ仕組みや絆が脳を変化させる仕組み,そして私たちが喪失感を乗り越える仕組みの解明に取り組んでいる。マノーリはカリフォルニア大学サンフランシスコ校の精神科医。彼の研究室はCRISPRを用いてハタネズミのゲノムを操作し,脳がどのように愛着をコードしているか,そのプロセスが神経精神疾患ではどのように変化するのかについて,先駆的な研究を行っている
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「一夫一妻になったわけ」,B. エドガー,日経サイエンス2014年12月号。
原題名
The Neurobiology of Love(SCIENTIFIC AMERICAN February 2023)
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