日経サイエンス  2023年7月号

特集:進化する植物愛

新種誕生の現場

遠藤智之(編集部) 協力:清水健太郎(チューリヒ大学)

スイスの山あいにある静かな村に,世界中の進化学者たちが熱い視線を送っている。森林の開拓でタネツケバナの新種が誕生し,今もなお進化を続けているからだ。植物は環境の変化にどのように適応し,多様化してきたのか。新種が誕生した現場は進化の仕組みに迫る自然の実験場になっている。

チューリヒから車で1時間半ほど,アルプスの山々に囲まれたウルナーボーデン村でその新種は誕生した。氷河が削り出した美しいU字谷が広がり,中央には雪解け水が注ぎ込む小川が流れる。かつては辺り一面がうっそうとした森林に覆われていた。

環境が一変したのは,今から150年ほど前だ。農民が森林を切り開いて牧草地に転用し,木々に守られていた草花にとっては過酷な場所に変わった。牧草地はひとたび雨が降れば水浸しになり,いったん水が引いてしまうと乾きやすい。水の量が変動しやすく不安定な環境で,冠水と乾燥の両方に耐えられる植物しか生き残れない。環境の変化に適応する進化を促したのは,森林が消えたことで生まれた新たな出会いだった。

「目の前で起きている進化は,すべてを直接的に観察できる。環境が変わりゆくなかで,どの遺伝子が生存に有利に働いているのか。今まさに新種が誕生している現場で,自然と生物との関係を実際に調べられる。進化学が歴史の学問ではなくなり,その本質にようやく迫れる時代になってきた」。この地域でタネツケバナを研究するチューリヒ大学教授の清水健太郎は,進化学に起きている変化をこう説明する。



続きは日経サイエンス2023年7月号にて

協力:清水健太郎(しみず・けんたろう)
チューリヒ大学進化生物学・環境学研究所教授。横浜市立大学木原生物学研究所客員教授も務める。専門は進化生物学で,異質倍数体による種分化の研究などを手掛ける。

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