日経サイエンス  2023年7月号

特集:進化する植物愛

植物監修 田中伸幸に聞く 『らんまん』で知る植物学今昔

出村政彬(編集部) 協力:田中伸幸(国立科学博物館)

4月から放送が始まったNHKの朝ドラ『らんまん』は,植物学に没頭する研究者の生きざまを描く異色のストーリーが特徴だ。神木隆之介が演じる主人公の槙野万太郎は,幕末の土佐・佐川の町に造り酒屋の当主として生まれた。ところが大の植物好きが高じて上京し,日本中の植物を記載した植物図鑑の完成を志すようになる。

この物語にはモデルとなった実在の人物がいる。土佐・佐川の造り酒屋に生まれ,その後日本の植物学の発展に大きく貢献した植物分類学者,牧野富太郎(1862–1957)だ。

『らんまん』では現役の植物分類学者が「植物監修」を担当している。監修チームを率いる国立科学博物館植物研究部の田中伸幸のもとにドラマ監修の依頼が来たのは2022年1月のことだった。半年間にわたって放送される朝ドラは,単純な放映時間だけ見ても総計30時間以上の大作になる。それを全編にわたって監修するのは,並大抵の覚悟ではできないことだ。特に,過去にドラマの監修を担当した経験がある田中には人一倍大変さがわかっていた。しかし,それでも田中は首を縦に振った。理由はただ1つ。「牧野富太郎のドラマだから」だ。

田中は,牧野のことを「日本産の植物に最も多くの学名をつけた日本人」だと話す。牧野が日本国内に生える植物につけた学名の数は約1400にのぼる。学名はラテン語で記述された世界共通の名称だ。植物に一度つけられた学名は後からその形態の再検討やDNA情報を用いた解析によって変わることも多いが,牧野の場合は今もなお,およそ300種の学名が現役の名称として使われている。それはつまり,100年前の牧野の仕事が現在の植物学を根底で支え続けていることを意味する

登場する植物の名前はもちろんのこと,何気ない描写や台詞に至るまで植物分類学と明治期の文献に基づく考証を尽くし,可能な限り当時の学問の状況を再現した。科博の田中は「『らんまん』は植物分類学のドラマだ」と話す。各場面に垣間見る植物分類学者のこだわりに着目し,『らんまん』に秘められたもう1つのドラマを紐解く。

協力:田中伸幸(たなか・のぶゆき)
国立科学博物館植物研究部で陸上植物研究グループ長を務める。専門は植物分類学。ショウガ科の分類研究を手掛けるほか,東南アジアの植物多様性に関心がある。ミャンマーの生物多様性を明らかにする国際研究プロジェクトを率いている。

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