
地球上の生物は過去40億年の間,過半数の生物種が絶滅に追い込まれるという壊滅的な危機を何度か経験してきた。中でも最悪の危機は,2億5200万年前の古生代ペルム紀末に起こった。当時,動物たちはそれまでにない厳しい状況に直面していた。森林火災と干ばつで大地は一掃され,海は耐え難いほど高温になり酸素が枯渇していた。
この地獄のような環境で生き残れる生物はごくわずかだった。最終的には,陸上生物種の70%以上,海洋生物種の80%以上が絶滅し,古生物学者の中には,この悲惨な出来事を「大絶滅」と呼ぶ人もいる。この惨劇の記録は地球上のあらゆる岩に刻まれたが,おそらく最もはっきりと残っているのはオーストラリア東部の岩の多い海岸だろう。
私たちがオーストラリアのシドニーから車で1時間ほどのところにある崖で見つけた,ペルム紀に続く三畳紀初めの2億5200万年前から2億4700万年前の岩石には石炭層が存在しなかった。実際,世界中のあらゆる場所において,この時代の岩石からは石炭層が1つも見つかっていない。この時代の地層は川や湖の底に砂や泥が静かに堆積してできたもので,生命活動にかき乱されていないように見える。
「石炭ギャップ」と呼ばれるこの時代の地層は人類が利用する化石燃料が少ないため,歴史的に無視されてきたが,近年,地球の生命の歴史を理解する鍵と考えられるようになってきた。今では,このギャップが,世界が病んでいたことを示すしるしだとわかっている。ペルム紀の終わりには,陸上と海洋の生態系が崩壊しただけでなく,淡水の生態系も崩壊した。私たちのチームは最近,ペルム紀末に地球の気温が急上昇し,川や湖で細菌や藻類が異常増殖したため水中の酸素が枯渇し,淡水環境にほとんど生物がすめなくなったことを明らかにした。この研究結果は,その後に起こる大量絶滅がなぜこれほど壊滅的になったのかの説明に寄与するとともに,温暖化する現代の世界における生物多様性の将来に影を落としている。
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著者
Chris Mays / Vivi Vajda / Stephen McLoughlin
メイズはアイルランド国立大学コーク校の古生物学講師。大量絶滅および極地の動植物が過去の温暖化事象にどのように対応したかを研究テーマとしている。ヴァイダはスウェーデン自然史博物館の地質学者で,プランクトンや藻類などの微小化石を専門とする。大量絶滅をより深く理解するため,植生の経時的変化を研究している。マクラフリンはスウェーデン自然史博物館の上席学芸員で,古生代および中生代の植物化石コレクションの管理責任者。地球の植物の進化と絶滅に研究的関心を持っている。
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「何がペルム紀末の大量絶滅を起こしたのか」,D. H. アーウィン,日経サイエンス1996年9月号。
「温暖化が招いた大絶滅」,P. D. ウォード,日経サイエンス2007年1月号。
「古生代末に何が起きたか」,中島林彦/協力:磯﨑行雄,日経サイエンス2013年10月号。別冊日経サイエンス235『進化と絶滅 生命はいかに誕生し多様化したか』に収載。
原題名
Rise of the Toxic Slime(SCIENTIFIC AMERICAN July 2022)