日経サイエンス  2023年5月号

クール・コンピューター 熱くならない計算機を作る

P. ボール(サイエンスライター)

コンピューターは文字通り「熱い」。ノートパソコンは太ももがやけどせんばかりの熱を発し,データセンターは年間およそ2000億kW時,中規模国のエネルギー消費に匹敵するエネルギーを消費する。カリフォルニア大学デービス校の物理学者クラッチフィールド(James Crutchfield)と大学院生のレイ(Kyle Ray)は1月,計算によって発生する熱を従来の計算回路より大幅に低減する方法を新たに提案した。

発想は60年前に遡る。1961年,ニューヨーク州ヨークタウン・ハイツにあるIBMトーマス・J・ワトソン研究所の物理学者ランダウアー(Rolf Landauer)は,従来の計算では熱の排出が不可避であることを明らかにした。

コンピューターは新たに記憶する領域を確保するために,メモリーに記録した情報を時々消去する必要がある。ビット1個をリセットして1または0の値を消去すると一定量のエネルギーが消費され,環境のエントロピーが増える。これが情報処理に必要な最小のエネルギー単位で,クラッチフィールドらは「ランダウアー」と名付けた。ランダウアーの値は周囲の温度に依存し,あなたの部屋なら1ランダウアーは10−21ジュールくらいだ。

情報を消去せずに計算し,計算のプロセスを完全に可逆にすれば,このエネルギーは必要でなくなる。そんなやり方では記憶装置をすぐに使い切ってしまいそうだが,1970年代,ランダウアーと同じくIBMにいたベネット(Charles H. Bennett)が,計算の途中経過を記録しておき,最後にすべての論理ステップを反転して元の状態に戻せるようにすればよいことを示した。

問題は,熱を出さないプロセスを実行するには通常,計算を構成する一連の論理演算を無限にゆっくりと進めねばならないことだ。いわば計算に無限の時間をかけることによって,計算プロセスに生じる「摩擦熱」を回避するアプローチで,現実的な解とは言い難い。

現在のコンピューターは,ランダウアーが示した理論的な最小エネルギーに近づいてさえいない。1回の論理演算で数千ランダウアーの熱が発生するし,将来の超高効率シリコンチップでも100ランダウアー以下を実現するのは困難だ。

しかしレイとクラッチフィールドは,情報を新しい方法で電流にエンコードすればもっとうまくいくと話す。電荷の位置ではなく,運動する粒子の運動量で情報を表すのだ。こうすることで,計算スピードを落とさずに可逆計算を実現できるという。

*現IBMフェローであるチャールズ H. ベネット博士に寄稿して頂いたコラムを併載した。

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1985年9月号「計算の物理的な限界はあるか」C. H. ベネット/R. ランダウアー(ともにIBM)を5月号に合わせてPDFで復刻しました。ダウンロードサイトにてお求めいただけます。

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著者

Philip Ball

ロンドンを拠点に活動するサイエンスライター。Nature誌の元編集者。

原題名

Cool Computing(SCIENTIFIC AMERICAN July 2022)

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