日経サイエンス  2023年5月号

特集:話すAI 描くAI

無限対談 AIがでっち上げた有名人トーク

G. ミチェリ(コンピューター科学者)

「インフィニット・カンバセーション」というウェブサイト(https://infiniteconversation.com)上で,ドイツの映画監督ヘルツォーク(Werner Herzog)とスロベニアの哲学者ジジェク(Slavoj Žižek)が公開対談を行っている。対談の中身は幅広くすべての事柄にわたり,議論は説得力に富んでいる。それはこの2人の知識人が話す英語のなまりがそれぞれ独特なうえ,言葉の選択が一般人とは異なる傾向にあるのが一因だ。だが,2人の発言には別の共通点がある。その声はいずれもディープフェイクであり,独特のなまりで話されているテキストは人工知能(AI)が生成している。

私はこのフェイク対談を一種の警告として作り上げた。機械学習の進歩によって,ディープフェイク(信じ難いほど本物そっくりだが実は偽の画像や動画,発話)を非常に簡単に作れるようになり,その質も“出来すぎ”になっている。また,「言語生成AI」は大量の文章を素早く生み出すことができ,費用もかからない。これらの技術を用いれば,無限に続く対談を上演する以上のことが可能だ。人間社会に偽情報の大洪水を引き起こし,私たちを溺れさせることができる。

機械学習はAIの技法のひとつで,大量のデータを用いてアルゴリズムを“訓練”し,特定のタスクを繰り返し実行させることで性能を改善する。この機械学習が急成長し,情報技術のすべての分野を新たなレベルに押し上げつつある。人間が理解できる発話を作り出す「スピーチ合成」のシステムが一例だ。私は人間と機械を隔てる境界空間に興味を持つ者として,機械学習は素晴らしい技術だと以前から考えてきた。なので,それまで小刻みな改善の歴史が長く続いていた音声合成と音声クローンの技術が機械学習によって過去数年で飛躍的に進歩したことに,私は注目した。

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著者

Giacomo Miceli

イタリア出身の米国人コンピューター科学者,クリエイティブコーダー,起業家。

原題名

Chatbots Talking(SCIENTIFIC AMERICAN April 2023)

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