
京都大学花山(かざん)天文台では望遠鏡の眼視観測による火星表面のスケッチが長らく描かれてきた。探査機による観測が本格化する前の時代,砂嵐などによる火星表面の変動を捉えるにはスケッチが最適だった。第3代台長の宮本正太郎は台長に就任する少し前の昭和31年夏から台長を定年で退く昭和51年春までの20年間,スケッチし続けた。戦前の京都帝国大学の時代には,宮本の師である初代台長の山本一清(いっせい)の右腕として活躍した天文台助手の中村要が日本で初めて系統的な火星観測に取り組んだ。宮本と中村による火星スケッチは惑星気象学の曙の時代の重要な天文遺産だ。(文中敬称略)
続きは日経サイエンス2023年4月号にて