
医療チームは病床のマズルケビッチ(Maria Mazurkevich)を囲んで彼女を注視したが,何の反応もなかった。30歳のマズルケビッチは7月のうだるように暑い日にコロンビア大学附属ニューヨーク・プレスビテリアン病院に運び込まれた。その数日前,彼女は自宅で突然意識を失った。脳の血管が破裂し,出血によって脳の大事な領域に大きな圧力がかかった。神経集中治療室の医師や看護師は,声がマズルケビッチに聞こえている兆候を探していた。彼女は人工呼吸器をつけ,バイタルサインは安定していた。しかし,意識の兆候はまったく見られなかった。
付き添うマズルケビッチの両親も,「娘と話は通じるのでしょうか? 娘は聞こえていますか?」と尋ねた。彼女は何も気づいていないように見えた。医療チームの一員だった著者の1人のクラーセンが彼女に「目を開けて」とか「指を2本立てて」「爪先を動かして」と指示しても,動きはなかった。目で物を追うような反応もなかった。だが,家族は彼女がまだ「そこにいる」と思っていた。
実際そうだった。医療チームは彼女の頭にセンサー(脳波計)をつけて脳の電気活動をモニターしながら,「右手を握って開く動作を繰り返してください」と指示した。続いて,「右手を握って開く動作を止めてください」と指示した。手そのものは動かなかったが,脳の活動パターンは2つの指示で異なっていた。この反応は,彼女が指示に気づいていること,そして2つの指示の違いを理解していることを明白に示していた。
1週間ほどすると,彼女の体は脳に従い始めた。ゆっくりと,わずかな反応とともに,マズルケビッチは目覚めてきた。そして1年足らずのうちに,身体能力と認知能力に大きな障害もなく完全に回復した。現在は調剤技師として働いている。
マズルケビッチには,「隠れた意識」があった。体は無反応だが,脳が外の世界をある程度理解して反応する状態だ。最新の脳画像技術や脳波計で調べると,昏睡状態など無反応に見える患者の15~20%がこのような内なる意識の兆候を示す。こうした技術の多くは最近になって進歩した。そのおかげで昏睡をはじめとする意識障害の理解が変わりつつある。
続きは日経サイエンス2023年4月号にて
著者
Jan Claassen / Brian L. Edlow
クラーセンはコロンビア大学の神経学准教授。同大学ニューヨーク・プレスビテリアン病院の集中治療神経科医で,集中治療・ホスピタリスト神経学の主任と意識障害研究室の室長も務める。エドロウはハーバード大学医学部の神経学准教授。マサチューセッツ総合病院の集中治療神経科医で,同病院の昏睡・意識脳画像研究室の室長と神経工学・神経回復センターの副長も務める。
関連記事
「盲人の不思議な視覚」,B. デ・ゲルダー,日経サイエンス2010年8月号
「植物状態の人との対話」,A. M. オーウェン,日経サイエンス2015年4月号
「植物状態の意識を探る」,S. ローリーズ,日経サイエンス2007年4月号
原題名
Hidden Consciousness(SCIENTIFIC AMERICAN November 2022)
サイト内の関連記事を読む
キーワードをGoogleで検索する
昏睡/隠れた意識/fMRI/脳波/植物状態/最小意識状態/ブレイン・マシーン・インターフェース/昏睡治療キャンペーン