
「暗黒物質問題はどうしたら解決できると思いますか?」 私はベラ・C・ルービンからそう尋ねられた。「2009年天文学における女性会合」で彼女に紹介されてから数分後のことだった。
今となっては自分がどう答えたのか記憶にない。私は畏敬の念に打たれていた。暗黒物質が存在する決定的な証拠を発見した業績でアメリカ国家科学賞を授与されている高名な天文学者が,20代の博士課程の学生である私に意見を求めたのだ。その瞬間まで暗黒物質問題を真剣に考えたことがなかったので,どんな答えを思いついたにしろそれほどよい答えではなかったはずだ。ルービンに意見を求められるまで,そもそも自分にそのような問題について意見を持つ資格があるとすら考えていなかった。
1960年代,ルービンは銀河内の星を調べていて奇妙なことに気づいた。銀河の周縁部にある星が,考えられていたよりも高速で動いていたのだ。まるで,銀河に目に見えない物質が存在していて,星に引力を及ぼして飛び散るのを引き止めているかのようだった。ルービンの研究は1930年代にフリッツ・ツヴィッキーが銀河団を調べて発見した現象と一致した。ツヴィッキーはその現象から,暗黒物質が存在するという説を提唱していた。ルービンと天文学者のケント・フォードは1970年代を通じてツヴィッキーの説に一致するデータを発表し続けた。そして1980年代初頭には,物理学は暗黒物質問題を抱えているというのが科学者共通の見解になった。
実験で暗黒物質を特定する試みのほとんどは3つのカテゴリーに分類される。いわゆる直接検出実験では,暗黒物質粒子が通常の物質と重力以外の基本的な力の1つである弱い力や仮説上の新たな力を介して相互作用している証拠を探す。これと反対のアプローチがジュネーブ近郊のLHCなどで行われている加速器実験で,通常の物質粒子2つを衝突させたときに暗黒物質粒子が生成されることを期待している。一方,「間接検出」実験では,暗黒物質どうしの相互作用の証拠を,その衝突で生まれる観測可能な粒子を通して探している。
今のところ,これらの戦略のいずれも暗黒物質を発見できていない。暗黒物質が重力以外の力を介して通常の物質と相互作用するかどうかは依然として不明だ。建設可能な加速器や実験装置では暗黒物質の生成や検出は不可能なのかもしれない。こうした理由から,天文学的な観測によって暗黒物質を探索するアプローチが大きな期待を集めている。
続きは日経サイエンス2023年4月号にて
著者
Chanda Prescod-Weinstein
理論物理学者。ニューハンプシャー大学で物理学科助教と女性・ジェンダー研究のコア教員を務める。著書に「The Disordered Cosmos: A Journey into Dark Matter, Spacetime, and Dreams Deferred」(Bold Type Books,2021年)。
関連記事
「暗黒物質探しの切り札 新XENON実験」,C. モスコウィッツ,日経サイエンス2021年8月号。
原題名
Scanning the Cosmos for Dark Matter(SCIENTIFIC AMERICAN April 2022)
サイト内の関連記事を読む
キーワードをGoogleで検索する
暗黒物質/WINP/アクシオン/アクシオン様粒子/中性子星/