
遺伝子のわずかな変異がもたらす疾患は数千とも1万とも言われ,その多くは親から子へと遺伝する。狙った遺伝子を効率よく改変できるゲノム編集技術が登場したとき,これで遺伝性疾患の根本的な治療が可能になるかもしれないと,医学界は期待した。
遺伝性疾患は,出生後の治療では救命が難しいものもある。また治療が奏功して本人が病から解放されても,病気をもたらす遺伝子が卵子や精子を通じて次世代に引き継がれるだろう。そうした問題をすべて解決する可能性があるのが,生殖細胞に対するゲノム編集だ。
アイデアは簡単だ。病気をもたらす遺伝子変異を,受精卵の段階で正常に「治す」。受精卵DNAへの外科手術,と呼ぶ研究者もいる。ヒトの体は,元をたどれば1個の受精卵だ。受精卵が分裂を繰り返し,分化してできた様々な細胞によって構成されているので,受精卵ゲノムの改変は全身の細胞に反映される。次世代をつくる卵子や精子も「治った」細胞からできるので,家系に伝わる遺伝性疾患も根絶できる。
しかし,こうした利点はリスクと表裏一体だ。受精卵の遺伝子改変は,本人だけでなく次世代,次々世代へと引き継がれ,未来にわたって影響を残す。そのため,その実施の是非や範囲については様々な議論がある。
だが,課題は倫理問題や社会的合意だけではない。それ以前に,治療の効果や安全性をめぐる技術的な課題も解決されていない。受精卵へのゲノム編集は実現するのだろうか。米国と日本の専門家に取材した。
続きは日経サイエンス2023年4月号にて
著者
詫摩雅子(たくま・まさこ)
日本経済新聞科学技術部,日経サイエンス編集部,日本科学未来館を経てフリーの科学ライター。米国取材にあたって米国社会科学研究評議会(SSRC)・国際交流基金日米センター共催の安倍ジャーナリスト・フェローシップの資金援助を受けた。
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「ゲノム編集ベビーの衝撃」, 詫摩雅子,日経サイエンス2019年2月号。
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