日経サイエンス  2023年4月号

特集:ゲノム編集治療

遺伝子を修復し病気を治す 米国で臨床試験始まる

詫摩雅子(科学ライター)

2022年9月,新型コロナのパンデミックのために2年半も延期していたゲノム編集治療の取材をようやく実現し,私は米ペンシルベニア州のフィラデルフィアを訪れた。米国の最初の首都となったこの町の歴史的建造物に囲まれた広場から西へ進んでいくと,近代的なビルが立ち並ぶ一角が見えてくる。ペンシルベニア大学のキャンパスだ。大学には総合病院や子ども病院,高度医療センターなどが集積しており,その中にこの日の目的地,トランスレーショナルリサーチを手がけるスミロー研究センターがあった。

トランスレーショナルリサーチとは大学などで生まれた基礎研究の成果を臨床現場につなげるための研究のことで,センターはいわば最新の医療を生み出す場である。心臓病の治療と予防の方法を研究しているムスヌル(Kiran Musunuru)を訪ねると,2本の試験管の写真を見せてくれた。「左が高コレステロール血症のマウスの血清,右が遺伝子を改変したマウスの血清だ」とムスヌルは説明した。左の血清は血中に悪玉コレステロールといわれるLDLコレステロール(LDL-C)が多く含まれているため白濁している。右はこのマウスの遺伝子をゲノム編集によって改変した後の血清で,LDL-Cの量が激減したため透明になった。

ムスヌルはゲノム編集治療を手がけるボストンのベンチャー企業,ヴァーヴ・セラピューティクスの共同設立者でもある。同社は2022年7月に,家族性高コレステロール血症の患者に対するゲノム編集治療の臨床試験を始めたと発表した。

動植物の品種改良や生命科学の実験に広く使われてきたゲノム編集技術が,いよいよ医療の現場に入ってきた。DNAを構成する塩基配列の狙った場所をピンポイントで改変することで,病気の原因となる遺伝子の働きを止めたり,治療に役立つ遺伝子をつくり出したりして病気を治療する。遺伝子のレベルで生命現象を制御することが可能で,これまで治療法のなかった難病の治療につながると期待されている。

現在,生まれつきコレステロールの値が異常に高く若いうちから動脈硬化や心筋梗塞などを発症する家族性高コレステロール血症や,赤血球の異常のために慢性の貧血や疼痛が起きる鎌状赤血球症などの遺伝性疾患に対する臨床試験が進んでいる。有力ベンチャーや研究機関が実用化にしのぎを削る米国から,ゲノム編集治療の最前線を報告する。


治療の効果は生涯続く
  キラン・ムスヌル(ペンシルベニア大学教授,ヴァーヴ・セラピューティクス共同設立者)
治療に役立つ遺伝子をつくる
  マシュー・ポルテウス(スタンフォード大学医学部小児科教授)


続きは日経サイエンス2023年4月号にて

著者

詫摩雅子(たくま・まさこ)

日本経済新聞科学技術部,日経サイエンス編集部,日本科学未来館を経てフリーの科学ライター。米国取材にあたって米国社会科学研究評議会(SSRC)・国際交流基金日米センター共催の安倍ジャーナリスト・フェローシップの資金援助を受けた。

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