日経サイエンス  2023年3月号

特集:新たなヴァイキング像

『ヴィンランド・サガ』の歴史学  ヴァイキングの知られざる顔

小澤実(立教大学)

角のついた兜を被り,手斧を握って,帆走する海賊船でヨーロッパ各地の街や教会を荒らし回る北欧出身の蛮族集団。わたしたち日本人にとってのヴァイキングのイメージは,このようなものではないだろうか。確かに,日本でも親しまれたルーネル・ヨンソン原作のアニメ『小さなバイキングビッケ』(1974〜1975年放映)やカーク・ダグラス主演の映画『ヴァイキング』(1958年公開)で描かれるヴァイキングは,海賊イメージそのものである。

しかし,略奪に見舞われた側が残した記録に基づく海賊のイメージは,間違いではないが,ヴァイキングの一面を捉えているにすぎない。近年の歴史研究によれば,ヴァイキングは,故郷のスカンディナヴィアから海を越えて,東は現在のロシア,トルコ,さらには中央アジアに至るまで,西はスコットランドやアイスランドを越えて北米大陸に至るまでの広大な範囲に定住そして交易ネットワークを築いていたことが強く主張されている。彼らは,中世ヨーロッパ世界における政治的,経済的,社会的な秩序を構築した立役者だった。

最近では,そうした新しいヴァイキング像に基づく作品が立て続けに世に問われている。その1つは,アイスランド出身のヴァイキング,トルフィンを主人公とした幸村誠の漫画『ヴィンランド・サガ』である。2005年に連載が始まり,2019年にはアニメシリーズが放映されて好評を博した。今年1月から続編の放映が始まり,わたしは作品の時代考証を担当している。

もう1つは,2013年に始まったマイケル・ハースト製作総指揮によるヒストリーチャンネルの連続ドラマ『ヴァイキング〜海の覇者たち〜』である。こちらも好評を博してシーズン6まで制作され,2022年にはネットフリックスによって続編『ヴァイキング〜ヴァルハラ〜』の放送が始まった。さらに,2016年にロシアで製作された映画『VIKING バイキング 誇り高き戦士たち』や,今年1月公開のロバート・エガース監督による映画『ノースマン 導かれし復讐者』も,ヴァイキングの人気に支えられて世に出た作品だろう。

これらの作品に共通するのは,原作者や監督が,近年の考古学や歴史学の研究成果を十分に吸収し,場合によっては専門家の監修をつけた上で,エンターテインメントに仕立てている点である。ストーリーはフィクションだが,舞台はリアルである。本稿では,これらエンターテインメントのモデルとなった歴史上のヴァイキングの姿について,近年の研究成果に基づく紹介を試みたい。

続きは日経サイエンス2023年3月号にて

著者

小澤実(おざわ・みのる)

立教大学文学部史学科教授。北海道大学スラブ・ユーラシア研究センター共同研究員を兼任。東京大学大学院博士課程単位取得退学後,名古屋大学グローバルCOE研究員を経て現職。専門は西洋中世史・北欧史・史学史。特に初期中世におけるスカンディナヴィア人の政治・経済・文化を研究している。

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