日経サイエンス  2023年2月号

データを駆使したクリミアの天使 ナイチンゲール

RJ アンドリューズ

1856年夏,ナイチンゲール(Florence Nightingale)はクリミア戦争の激戦地から祖国に帰還した。戦場のあちこちに設けられた英陸軍野戦病院の看護婦長として,彼女は何千人もの病気の兵士が不潔な病棟で苦痛に耐える様子を目の当たりにしてきた。全戦力が病気と感染で実質的に失われてしまった。「戦争の惨事」が敵の弾丸以上のものによってもたらされたとナイチンゲールは実感した。

ナイチンゲールは,同様の苦しみが再び起こることのないようにするのだと固く決心し,陸軍大将や医務官,国会議員の考えを変えるべく,行動を始めた。彼らはデータを読み取って解釈する能力に乏しかったため,統計的な議論ができず,事実に向き合えていなかった。物事を数量で捉えることが得意だったナイチンゲールは,政治家や統計学者,科学者などの専門家とチームを組み,「衛生改革」の推進に向けて,社会的地位の高い人々を説得するために動き始めた。

ナイチンゲールの説得術で鍵となったのが,統計データを人々に伝える際の提示方法であった。実際に統計表を読む人はほとんどいないことを理解していたナイチンゲールは,グラフィックスのデザインに工夫を凝らした。ナイチンゲールのグラフはわかりやすく,説得力があった。読み手に大きな負担をかける複雑な議論を構築することはせず,語りの焦点を個々の具体的な主張に定めた。それは単なるデータの可視化を超え,データでストーリーを語る「データ・ストーリーテリング」であった。

続きは日経サイエンス2023年2月号にて

著者

RJ Andrews

データが持つ情報を相手に伝わるように可視化するデザインスタジオInfo We Trust の創業者でプロのデータ・ストーリーテラー。Information Graphic Visionariesシリーズ本の編集者であり,また同シリーズのナイチンゲールの巻の著者でもある。同シリーズ本の詳細はVisionaryPress.comを参照。ツイッターは@infowetrustでフォロー可能。

原題名

Florence Nightingale’s Data Revolution(SCIENTIFIC AMERICAN August 2022)

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ナイチンゲールクリミア戦争データ・ストーリーテリング