
天の川の中心部奥深くで,奇妙なことが起こっている。何もないように見える空間の周りを,星々が光速の数%という超高速で動き回っているのだ。この星の動きを説明できるのは超大質量ブラックホールだけだと考えられてきたが,今年までそれを公然と言うことははばかられた。例えば天文学者のゲンツェル(Reinhard Genzel)とゲズ(Andrea Ghez)が共同受賞した2020年のノーベル物理学賞の授賞理由は「天の川銀河中心にある超大質量コンパクト天体の発見」であり,「ブラックホール」の発見ではなかった。このコンパクト天体は「いて座A*」(いて座Aスター)と呼ばれている。
だが今年の春,イベント・ホライズン・テレスコープ(EHT)の天文学者チームが天の川銀河中心にある超大質量ブラックホールの初の画像を発表し,この問題は決着した。同チームがとらえたブラックホールの画像はこれが初めてではない。第一号は2019年4月に発表したM87*の画像だった。しかし彼らが最も望んでいたのは今回の画像だ。いて座A*はほかならぬ私たちの銀河にあるブラックホールであり,私たちの銀河がその周りを回っている静止点なのだ。
ブラックホールは光を含めそこに落下するすべてを捕らえるので,本質的に見ることができない。だが周囲の時空をひどく歪めるため,重力で引き裂かれて落下してくる物質の流れが発する光に照らされると,ブラックホールの“影”ができる。ブラックホールシャドウと呼ばれるこの影の大きさは,ブラックホールの「事象の地平」(そこを通過すると何物も戻ってこられない時空の境界)の約2.5倍となる。
EHTはこのブラックホールシャドウを超長基線電波干渉法(VLBI)という手法を用いて撮影した。複数の大陸にある電波望遠鏡を組み合わせ,実質的に地球サイズの望遠鏡を構築する技法だ。EHTは天文学史上で最高の分解能を持つ。チームは2017年4月,この仮想的装置を数夜にわたって,いて座A*などの超大質量ブラックホールに向けた。その生データを数年がかりで解析し,1枚の画像に変換した。
続きは日経サイエンス2022年12月号で
著者
Seth Fletcher
原題名
Portrait of a Black Hole(SCIENTIFIC AMERICAN September 2022)
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