
我々の宇宙はどこから来たのか? そして,どこへ向かうのか? これらの問いに答えるには2つのまったく異なるスケールの物理を理解する必要がある。超銀河団や宇宙全体を扱う宇宙スケールの物理と,量子スケール,つまり直感が通用しない原子や原子核の世界の物理だ。
宇宙に関して私たちが理解したいことの多くは古典的な宇宙論で事足りる。宇宙のたいていの事象はアインシュタインの一般相対性理論で記述される重力によって支配されており,原子や原子核の振る舞いの影響を十分に無視できる。しかし,我々の宇宙の一生には小さいスケールの物理法則の影響が無視できない特別な瞬間がある。例えば,宇宙全体が1つの原子ほどの大きさだった初期のころなどだ。このような時代を理解するには,原子を周回する電子の運動と太陽を周回する地球の運動の両方を記述できる量子重力理論が必要になる。量子重力理論を考案して宇宙全体に適用しようというのが,量子宇宙論だ。
量子宇宙論は気の弱い人には向かない分野だ。量子宇宙論は理論物理学においていわば米国開拓時代の西部地方のような状況にあり,手元にある観測的事実と理論を導く手がかりはほんのわずかしかない。これまではその壮大な考察対象と難しさゆえに,ギリシャ神話のセイレーンのように,若くて野心的な物理学者を引きつけては挫折させてきた。しかし,今回は違うという明確な感触がある。量子宇宙論と同様に量子力学と重力がともに重要になる状況の理解が求められるブラックホール物理学における近年のブレークスルーが量子宇宙論の謎を解くヒントになるように思えるのだ。
続きは日経サイエンス2022年12月号にて
著者
Edgar Shaghoulian
ペンシルベニア大学素粒子宇宙論センターの理論物理学者。専門はブラックホールおよび量子宇宙論。
原題名
A Tale of Two Horizons(SCIENTIFIC AMERICAN September 2022)
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量子宇宙論/ブラックホールの情報パラドックス/事象の地平面/宇宙の地平面/ホログラフィー原理