日経サイエンス  2022年12月号

特集:ブラックホールの中をのぞく

事象地平をまたぐ「アイランド仮説」

A. アルムヘイリ(ニューヨーク大学アブダビ校)

ホーキング(Stephen Hawking)がブラックホールによる情報の破壊を主張した1974年以来,理論物理学は危機的状況にある。彼はブラックホールが蒸発し,ブラックホール自身とそこに吸い込まれたものすべてを特徴のない放射の雲に変えることを示した。この過程で,ブラックホールに落ちたものに関する情報は失われるように見える。これは物理学の神聖な原理を破る。

この問題は45年以上も未解決のままだが,2019年,私が携わった研究を通して,欠けていたパズルのピースがはまり始めた。それは時空に対する新しい理解と,量子もつれによる時空のつなぎ替えに基づく解決策であり,ブラックホール内部の「アイランド」と呼ばれる部分が密かに外部に通じているという考えを導く。

我々がこの新しい考えに至った経緯を理解するには,ブラックホールの脱出不可能性から話を始める必要がある。

ブラックホールからの脱出ほど絶望的な試みはないだろう。実際,この不可能性をもってブラックホールは定義されている。十分な量の物質が十分に小さな領域に閉じ込められ,重力による収縮と伸張がさらなる収縮と伸張を引き起こす激しい応答の連鎖が起こるとき,ブラックホールは形成される。この潮汐力は有限の時間内に無限大となり,「ブラックホール特異点」と呼ばれる場所で時空そのものが突然に終わる。特異点は,時間が止まり,空間が意味をなさなくなる場所である。

この崩壊する領域には,そこから脱出可能な範囲と二度と戻ってこられない範囲とを分ける境界線があり,「事象の地平面」と呼ばれる。光が特異点に落ち込むことを避けられるぎりぎりの線だ。光より速く移動することはできないので(これは物理的に不可能),何物も事象地平の向こうから脱出することはできない。ブラックホールの内部に永遠に滞留し続ける。

この境界が本質的に一方通行であること自体は,問題とはならない。それどころか,一般相対論による強固な予言だ。危うさは,一般相対論が量子力学の世界に触れるところから始まる。(続)



続き日経サイエンス2022年12月号

著者

Ahmed Almheiri

アラブ首長国連邦にあるニューヨーク大学アブダビ校の理論物理学者。量子情報理論と量子重力理論の関連について研究している。

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ワームホールと量子もつれ 量子時空の謎」,J. マルダセナ,2017年1月号。
量子情報で解き明かす重力理論」,中島林彦 協力:大栗博司/高柳 匡,2021年6月号

原題名

Black Holes, Wormholes and Entanglement(SCIENTIFIC AMERICAN September 2022)

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