日経サイエンス  2022年11月号

線状降水帯の発生原因 「大気の川」を予報する

F. M. ラルフ(カリフォルニア大学サンディエゴ校)

ある月曜日の朝,私はサンフランシスコのダウンタウンにあるシアーズファインフードで朝食を食べながら,カウンターの向こうにあるテレビに映る地元の週間天気予報を何気なく見ていた。画面下に小さなマークが並び,左端のニコニコお日様マークは今日一日お天気が続くことを示している。水曜日のマークは白い雲と雨粒が少々,木曜日は黒い雲と雨の斜線だ。

私は木曜日の天気がこのマークが伝えているものよりもずっとひどくなることを知っていた。私が検討した詳しい衛星データと数値モデルは,大きな「大気の川」がサンフランシスコを襲う見込みを示していたからだ。テレビのお天気マークは迫りくる嵐の危険を伝えるにはまるで不適切だった。

大気の川とは,空を水蒸気が川のように流れているもので,湿った空気が低空の強い風,ときにハリケーン並みの強風に乗って流れてくる。気象学界が正式に大気の川を定義したのは2010年代初めになってからだ。これらの嵐がはるか沖合の海上でどのように生じるかが衛星画像と科学の進歩によって明らかになったことによる。

全長3000kmあまり,幅800km,深さ(上下方向の厚み)が3000m強にまで成長した大河が大陸の西海岸を襲うことがある。平均的な大気の川はミシシッピ川がメキシコ湾に注ぐ流量の25倍にあたる大量の水蒸気を輸送しており,それがもたらす降雨量は典型的な雷雨をはるかに上回る。これはひどい洪水を生じ,100年に1度の大洪水になることもある。 

大気の川は低気圧の群れとなって到来する。一連の低気圧がベルトコンベヤーに乗って次々にやってくるようなものだ。1年に数回,米国やカナダ,ヨーロッパ,アフリカ,南米,ニュージーランドのそれぞれ西海岸が大気の川に襲われる。内陸深くに達して陸上の川の氾濫を招くこともある。イエローストーン国立公園の道路を寸断して閉鎖に追い込んだ今年6月の水害は,著しく強い大気の川が主な原因だった。 

ただ,大気の川がいつも破壊的であるとは限らない。干ばつで乾き切った地域に恵みの雨をもたらす場合がある。高地の雪塊を適切に増やし,自然の水源や人造の貯水池を満たすのに寄与することもある。だが,正確な上陸地点を予測するのは上陸の2~3日前にならないと難しい。大気の川は巨大ではあるが,海面水温から上空の寒気の塊まで数多くの要因が影響するので進路が変わりやすい。

続き日経サイエンス2022年11月号にて

再録:別冊日経サイエンス258『激動の天と地』

著者

F. Martin Ralph

スクリプス海洋研究所(カリフォルニア大学サンディエゴ校の一部門)の気象学者で,同研究所の西部極端気象・水害センターの創設者・センター長。

原題名

Forecasting Atmospheric Rivers(SCIENTIFIC AMERICAN September 2022)

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