日経サイエンス  2022年11月号

特集:地球史解読がもたらした海底資源

日本海の海底岩石層にCO₂を閉じ込める

中村謙太郎 高谷雄太郎(ともに東京大学)

1996年の夏,私(著者のひとりである中村)は,西オーストラリア北部のマーブルバーと呼ばれる町の近郊で,灼熱の砂漠の上に立っていた。足元には丸みを帯びた円柱状の溶岩が積み重なった,特異な形の岩石が広がっていた。「枕状溶岩」と呼ばれ,海底火山の噴火によって海中に噴出した玄武岩に特徴的に見られるものだ。岩石に含まれるウランの放射壊変を利用した年代測定法によって,約35億年前の太古代に海底に噴出した玄武岩であることがわかっている。

オーストラリアから持ち帰った岩石を顕微鏡で丹念に観察してみたところ,面白いことが判明した。太古代の海底玄武岩には,現在のものとは比較にならないほど大量の炭酸塩鉱物が存在していたのだ。炭酸塩鉱物というのはカルシウムやマグネシウム,鉄などの元素と二酸化炭素(CO2)が結びついてできる鉱物である。

カルシウムとCO2の含有量を分析してみると,玄武岩中のすべてのカルシウムがCO2とくっついて炭酸塩鉱物となっていることがわかった。玄武岩に含まれるカルシウムは,元々はケイ素と結合してケイ酸塩鉱物として存在している。そのケイ酸塩鉱物がCO2と反応し,炭酸塩鉱物になっていたのだ。

このCO2の炭素同位体比を調べたところ,CO2が元は海水中にあったことがわかった。つまり,太古代玄武岩中に含まれる炭酸塩鉱物は,ケイ酸塩鉱物が海水中のCO2と反応することによって生成したことになる。

太古代玄武岩中に大量の炭酸塩鉱物が存在しているという事実は,当時の海水中には大量のCO2が含まれており,海水と平衡状態にあった大気中のCO2濃度もまた高かったことを示している。だが現在においては,大気中のCO2量はわずか0.04%である。

地球のように岩石でできた比較的小さな惑星の大気は,一般にCO2を多く含んでいる。かつて地球ができたとき,その大気はおそらくCO2が主体だったのだろう。だが地球は海底の玄武岩にCO2を炭酸塩鉱物として隔離・貯留することで大気中のCO2を劇的に減らし,今の状態になったと考えられる。


続き日経サイエンス2022年11月号にて

再録:別冊日経サイエンス262『気候危機と戦う 人類を救うテクノロジー』

著者

中村謙太郎(なかむら・けんたろう) / 高谷雄太郎(たかや・ゆうたろう)

東京大学大学院工学系研究科附属エネルギー・資源フロンティアセンター准教授。2004年に博士 (工学) 取得。東京大学大学院助教,海洋研究開発機構研究員を経て,2013年より現職。専門は資源地質学,地球化学。

東京大学大学院工学系研究科システム創成学専攻 准教授。2012年に博士 (工学) 取得。産業技術総合研究所,海洋研究開発機構,早稲田大学理工学術院などを経て,2021年より現職。専門は地球化学,資源処理工学。

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太古のマントル岩石にCO2封印 中東オマーンで実験開始」,D. フォックス,日経サイエンス2022年1月号。

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