日経サイエンス  2022年10月号

深海 新発見

宇宙から見えた 発光する海

M. ナイハウス(サイエンスライター)

1864年1月30日,軍艦アラバマ号は後に同船の船長が「海の驚くべき一画」と表現した海域に入った。アフリカの角(アフリカ大陸東端)に沿って南西に進んでいたアラバマ号は,アメリカ南北戦争中に世界の海を航行していた南軍の船の1つで,北軍の商船を襲撃してその勢いを削いでいた。船長のラファエル・セムズと乗組員は恐ろしい略奪者だったが,その夜に遭遇した海におびえた。「午後8時ごろ,月はなかったが空は晴れ,星が明るく輝いていた。私たちは突然,それまで進んでいた青黒い海から驚くほど白い海域に入り込んだ」とセムズは回顧録に書いている。

セムズは当初,海がこんなふうに淡く輝いているのは海面下に海嶺があるためだと考えた。だが,乗組員がおもり付きのロープを船べりから180mほど投下してもおもりは海底に達しなかった。「水平線のあたりは柔らかに輝き,遠くで明かりがともっているようだったが,頭上の空は不気味で暗かった」とセムズは書いている。「自然界全体が一変したかのようで,ほんの少しだけ脚色すると,アラバマ号は幻の海の青白く不気味な光に照らされた幽霊船のように見えたであろう」。アラバマ号はその不気味な海域を数時間進んだ後,入り込んだときと同じくらい突然に抜け出た。

セムズの目撃談は,そのような海に関する最古の信頼できる記録の1つであり,図らずも科学的に貴重な報告例となった。現在,数十件の過去の報告と最先端の衛星データを組み合わせることで,海にまつわる最古の謎の1つが解明に近づいている。「乳白色の海」とも呼ばれる,海が広範囲にわたって短期間,不気味に光る現象だ。

再録:別冊日経サイエンス261『生命輝く海 ダイナミックな生物の世界』

著者

Michelle Nijhuis

ワシントン州在住のサイエンスライター。近代の保護活動の歴史を解説した「Beloved Beasts: Fighting for Life in an Age of Extinction」(W. W.ノートン,2021年)の著者。

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特集:深海生物 光るサメの謎」,出村政彬,日経サイエンス2020年1月号。

原題名

The Mystery of Milky Seas(SCIENTIFIC AMERICAN August 2022)

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