日経サイエンス  2022年9月号

特集:細胞の清掃工場を薬に

病原タンパク質を狙って分解

遠藤智之(編集部) 協力:内藤幹彦(東京大学) 伊藤拓水(東京医科大学) 石川稔/有本博一(ともに東北大学)

「病気の原因がわかっても治療薬がない。こうした患者を1人でも多く救うための技術になる」。東京大学特任教授の内藤幹彦はこう力を込める。内藤は細胞に備わった「清掃工場」を使って病原タンパク質を一掃する薬の開発を目指す。理論上は細胞内にある全てのタンパク質を壊せるため,創薬の標的が格段に広がると期待を集める。先行するのは,抗がん剤の開発だ。

阻害から分解へ
抗がん剤は,創薬技術に革新が起きるたびに進化を重ねてきた。最も基本的な戦略は,細胞の増殖を抑えることだ。ただ,がん細胞だけではなく,正常な細胞にも作用するため,どうしても副作用が出てしまう。がん細胞特有の挙動が次々に突き止められると,特定のタンパク質を狙い撃ちにする戦略が主流になってきた。

がん細胞を増殖させる病原タンパク質が次々に解明され,それを狙って機能を妨げる分子標的薬が実現した。検査をして,もとになる遺伝子の変異がわかると,病原タンパク質の種類ごとに適した分子標的薬を選択できる。がん細胞のみを攻撃するため,副作用は軽くなり,生存期間も延びた。がん免疫の解明も抗がん剤の開発に貢献した。がん細胞は免疫細胞にブレーキをかけて,その攻撃から逃れている。免疫チェックポイント阻害剤は細胞表面の受容体などの働きを阻害してブレーキを外し,免疫細胞の機能を回復させる。患者にとっては,効果が長く続きやすいという特徴がある。

それでもまだ薬がない患者がいる。検査で病原タンパク質の種類がわかっても,それに対応する分子標的薬がない場合がある。免疫チェックポイント阻害剤も,免疫細胞の働きなどによっては十分な効果が得られない。

内藤が研究する「タンパク質分解誘導薬」は,これまで「薬ができない」とされてきた病原タンパク質が新たに治療の標的になるとして注目される。これまでの抗がん剤には,病気の原因になる機能を阻害して作用するという共通点がある。病原タンパク質は,抗がん剤に阻害された状態で,相変わらず細胞内にとどまったままだ。分解してしまえば一掃できる。



続きは日経サイエンス2022年9月号にて

協力:内藤幹彦(ないとう・みきひこ)/伊藤拓水(いとう・たくみ)/石川稔(いしかわ・みのる)/有本博一(ありもと・ひろかず)
内藤は東京大学大学院薬学系研究科特任教授。同大とエーザイが共同で設置した社会連携講座「タンパク質分解創薬」を率いる。伊藤は東京医科大学客員准教授。サリドマイドの催奇形性のメカニズムを解明,その仕組みを逆手に取った新薬の開発に取り組む。石川と有本はともに東北大学教授。石川はケミカルバイオロジー,有本はオートファジーを研究している。

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細胞を支える掃除役 オートファジー」,V. デレディック/ D. J. クリオンスキー,日経サイエンス2008年8月号。

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