
オーストラリアにおける日本脳炎のアウトブレイクに,ブラジルやシンガポールでのデング熱の大流行。これらは全て,2022年の今,現在進行形で起きている感染症だ。かつて20世紀の終わりごろには,衛生環境の向上と医学の発展で先進国は感染症の脅威を克服したと思われていた。しかし今,人類は新型コロナだけでなく,様々なタイプの感染症に直面している。国境を越えた人の移動や開発,さらには気候変動によって,新たな感染症が流行するリスクは高まってきている。
日本脳炎が豪州で流行中
2022年3月,オーストラリアで初となる日本脳炎の流行が発生した。6月末までに判明した感染者数は約40人に上り,死者は5人。報告は同国東部の複数の州に跨がっている。
「これまで日本脳炎はオーストラリアで要注意とされるような感染症ではなかった」。そう話すのは,日本の国立感染症研究所の葛西真治・昆虫医科学部長だ。これまでの感染例は10年間で6人しかなく,そのうち5人が大陸内ではなく周辺の島における局所的な感染だった。それに比べて「今回の流行はかなり特異な事例」(葛西部長)だ。「この原因を究明しないと日本でも同じことが起こりうる」と葛西は警戒する。
日本脳炎は日本で1871年に報告された,蚊によって媒介される感染症だ。致死率が20〜40%と非常に高いだけでなく,発熱や頭痛などの症状が出た時には既に脳内へのウイルス感染が起きていて,生還しても45〜70%の割合で後遺症が残る。かつては非常に恐れられ,1950年代には日本だけで年間1000人以上,多い年には5000人を超す感染者が発生した。
しかし日本国内は1970年代以降ワクチン接種が進んだことで感染者が激減した。2010年代以降,感染者は年間10人未満の年がほとんどだ。
そんな感染症がなぜ今オーストラリアで急に流行し始めたのだろうか。新型コロナでは国境を越えた人の移動によってウイルスが世界各地に広がったが,今回その可能性は極めて低い。なぜなら日本脳炎は「人が運ぶことのない感染症」(葛西部長)だからだ。
続きは日経サイエンス2022年9月号にて
関連記事
「変貌する感染症の脅威 気候変動で広がる人獣共通感染症」,L. パーシュリー,日経サイエンス 2018年10月号。別冊日経サイエンス238『感染症 ウイルス・細菌との闘い』に収載。
「蚊と戦う」,D. ストリックマン,日経サイエンス2018年11月号。
サイト内の関連記事を読む
デング熱/人獣共通感染症/公衆衛生/感染症/日本脳炎/重症熱性血小板減少症候群
キーワードをGoogleで検索する
日本脳炎/ デング熱/ 重症熱性血小板減少症候群/ 人獣共通感染症,公衆衛生,疾病生態学