日経サイエンス  2022年7月号

ネアンデルタールの首飾り クロアチアの遺物が語る知性

D. W. フレイヤー(カンザス大学) D. ラドブチッチ(クロアチア自然史博物館)

2021年3月,テキサス州とミシシッピ州が保健当局の助言に反して新型コロナ感染症パンデミック対策の1つであったマスク着用義務を撤廃したとき,バイデン大統領(Joe Biden)は両州の知事を「ネアンデルタール人的思考」だと非難した。バイデンが早すぎる制限緩和を懸念した点は正しかったが,私たちの近縁種を引き合いに出して非難したのは間違いだった。

Neandertalを侮蔑的な用語として使うのはバイデンだけではない。ネアンデルタール人の原始的な身体的特徴や進歩の遅さ,全体的な愚かさを指摘して彼らを笑いものにすることは大衆文化ではよくある。メリアム・ウェブスター辞典はNeandertalの類語としてclod,lout,oaf(「ばか」「無骨者」「うすのろ」といった意味)を挙げている。古人類学者のなかにも,35万年前から3万年前までユーラシアを支配したネアンデルタール人を,私たち現生人類(ホモ・サピエンス)に典型的に見られる認知能力と行動能力の多くを欠いた劣った存在だとみなす人がいる。

だが,ネアンデルタール人と私たちの類似点は多くの研究によって明確に示されている。ユーラシア各地のネアンデルタール人の遺跡で見つかった遺物は,彼らが革新的な技術と複雑な採餌戦略を持ち,萌芽的なシンボル(象徴表現)を使用していたことを示している。

ただし異論もある。懐疑派は,ネアンデルタール人は遭遇した現生人類から高度な行動を学び,装身具を手に入れたのであり,独自に発達させたのではないと主張してきた。

私たちは過去15年にわたってクロアチア北西部のクラピナ遺跡から出土したネアンデルタール人の遺物を研究し,そうした主張が間違いであることを示す証拠を得てきた。クラピナのネアンデルタール人は,これまで現生人類に特有だとされてきた様々な行動をとっていただけでなく,現生人類がこの地域に到達する何万年も前からそうした行動を独自に進化させていたのだ。この謎めいた人類についてわかっていないことは多いが,彼らが現生人類と出会うずっと前から認知的に高度な行動をとっていたことは現在でははっきりしている。

著者

David W. Frayer / Davorka Radovčić

フレイヤーはカンザス大学の自然人類学の名誉教授。ネアンデルタール人を含め,100万年以上前からの初期人類の骨格の違いと行動について研究している。

ラドブチッチはクロアチア自然史博物館クラピナ・ネアンデルタール・コレクションの学芸員。ネアンデルタール人と初期のホモ・サピエンス,ホモ・ナレディについて研究している。

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ネアンデルタール人の知性」,K. ウォン,日経サイエンス2015年6月号。

原題名

Neandertals Like Us(SCIENTIFIC AMERICAN February 2022)

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